◆人のせいにする人と、人のせいにしない人の違い

もう随分前ですが、友人が仕事関係で
トラブルがあり困っていたので
その道に強い私の知り合いを紹介したことがあります。

私は、紹介した人を信頼していたし、
友人もとても喜んでくれました。

その後、友人と私は互いに忙しくしばらくご無沙汰していました。
それから随分時間がたって。

私の紹介した人が、なんらかの不手際をおこし
大変な状況になったことを、周り回って聞きました。

友人に連絡してみましたがなかなかコンタクトはとれず。

私の紹介で友人が選択したとはいえ、
申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

その後、話す機会があった時、
友人は一切の恨みつらみやグチを言いませんでした。

それどころか、紹介してもらったのに、こういう結果になり
残念だけど、あなたに感謝してる。本当にありがとう、と。

なんて、自律した心根の強い人だろうと思いました。
一切のグチを私に言わない。

状況を知り、きっと相当のことがあったんだろうなと思いますが、
その出し方を選択しているんだなと思いました。

大、小かかわらず自分の望む成功を手に入れる人には共通があります。

それは「責任者」であること。

私の友人のようにどれだけ想定外の出来事に出逢っても
自分に起きたことは、まず自分の責任と心底とらえれるか。

それは、ムカつくな、怒るな。
いい人であれという意味ではありません。

色んな感情がわきつつも誰かのせいにしない責任者の生き方です。
それって発信やアウトプットに現れてくるんですね。

「またグチを言わない=何も言わない」は違いますよね。

言うべきことは、きちんと伝えなきゃ、のみこんでフタしただけになります。

ただ言う時に、「◯◯のせいで」は被害者。
「私は~思います!」は責任者。

責任者の反対は、被害者。

<責任者の得るもの>
尊敬、援助、チャンス、経験、成功、充実感
意欲やパワー、幸せなど

<被害者が得るもの>
不平不満やグチ、弁解、逃げ、悪口、妬み、
嫉妬・恨み、依存心や甘え、気楽さなど

責任者の得るものは、被害者は失い
被害者の得るものは、責任者が失います。

要は、何やっても自分にかえってくるってこと。
あれやこれや言ったところで、その一言につきるなと思う毎日です。

◆周りの人は盛り上がっていても違和感を感じて戸惑う瞬間

仕事やプライベートで、複数人でいると
周りの人たちは楽しそうで盛り上がっていても
自分は違和感を感じることがありませんか?

もしくは、仲のいい友達や知り合いでも
ん?あれ?・・・なんか居心地悪って時。

ありません?
私あります。たま~に。

変だなぁ、なんか違うなぁって
思っていても合わせてしまいがちです。

昔の癖で無意識にしてしまいがちです。

そんな時ほど、どんな顔や返事していいか
わからなくなりますね。

「そんなことはない」
自分は、どんな時でもハッキリしてるから!!
という方はそのままで。

私はそんな時、瞬間的に相手や
周りの顔色を見てしまいアタフタしがちになります。

そこで必要以上に合わせすぎないために、
「(私は)なんか違うと思う」と心の中で数回つぶやきます。

口には出しません。
とりあえず心の中でつぶやくんです。

すると、アタフタしなくて周りに合わせず、
何を言えばいいか、どう対応すればいいか落ちつきます。

その違和感が何なのか、
後でゆっくり振り返ることも出来ます。

違和感があるのに、周りの目を気にして
合わせている時は自分を見ていないですからね。

違和感を感じるのは自然なこと。
みんな違うもの。

周りの目を気にしすぎる時はお試しください。

◆「傷つけてしまった」と思う時

自分の発言や行動、決断で相手が悲しい思いをしたり
落ち込むことがあります。

そんな時、みなさんはどう思われますか?

・あんなこと言わなければよかった‥。
・今からなんとかならないかな?
・なんで、あんなことを言ってしまったんだろう‥。してしまったんだろう‥‥。
・今さらどうしようもないから仕方ない、など。

グルグル考えがちです。
そして自分にこもってしまう。

私の場合、自分がもし相手を傷つけるようなことが
あったら自分に問いかけます。

傷つけようと思ってやったことなの?って。

そんなつもりでやったことは殆どないです。

その時の最善を選択をした結果だったはず。
その時のせーいっぱいの選択をした。
それ以上でも以下でもない。

開きなおりではありません。

自分を必要以上に責めたり
相手に申し訳ないと気にしすぎるのは違うと思います。

傷つくか傷つかないかは相手が感じることでもあります。

本当に悪いことをしたなら
それをただ謝って先の改善に活かすしかない。

その時、その時の最善をつくす。
そうやって今を生きて生きたいと思っています。

◆冷静さを取り戻したい時に1人で出来るワーク

・なんとか気持ちを落ちつかせたい時
・自分の感情に圧倒されている時
・気がたってしまい中々おさまらない時

冷静になりたい時に落ちつくワークをご紹介します。

冷静 → 客観的に見る!
紙とペンを用意してください。

そして以下の視点で1つずつゆっくり自問し書きだしていきます。

★気になる出来事を1つ選ぶ

(1)「自分」から見たらどう見える?

(2)「相手」から見たらどう見える?

(3)「第3者」から見たらどう見える?

(4)「高い所」から見たらどう見える?
  (空とか山、宇宙でもよい)

(5)「一ヶ月前、一ヶ月後」から見たらどう見える?

(6)「お笑い目線」で見たらどう見える?

(7)「感謝目線」で見たらどう見える?

この他、〇〇さんだったらどう見える?なと
いろんなものになってみるのもオススメです。

1つの出来事はあくまでも、1つの出来事にしかすぎませんが
時に、感情が高ぶると自分の捉え方に凝り固まったり
影響のある人の考えしか見えなく冷静に自分を見つめれない時があります。

そこで、相手や第3者、時間を変えてみてみることで
違う景色に気づいたり、新たな視点が浮かぶことがあります。

今、特に問題なくても
この方法は自分発見になるワーク。

ぜひ試してみてくださいね。

◆人とのやりとりでジャイアンになっていませんか?

私のものは私のもの
あなたのものはあなたのもの

なのに

私のものは私のもの
あなたのものも私のもの

となると、
俺ジャイアンですね。

例えば
そんな言い方ヒドイ!と腹が立ち、ムカつく~って時。

その次に
・あんたのせいで〇〇になったと言うか

・あんたが言ったことで、私はむかついてる

と言うかでは大きな違いがあります。

前者は、相手が主役
後者は、自分が主役

腹がたったり傷つく心は誰のもの?

いつでも、どんな時でもその感情は自分のものです。
だから、相手に文句やアドバイスや命令する前に
まず 私は〇〇と思うと自分に言ってみませんか?

「私は〇〇と思う」と言うことは
人のせいにしないということではなく相手を主役にしないことです。

繰り返しますがあんたのせいで~!!!って思うのは自然なこと。
バンバン思ってもいいと思うんです。

それだけムカつくってことだから。

ただ、そう思っているのは自分なんだってこと。

腹が立ったからといって、その原因を排除しようと
人を攻撃したり、諭したり、講義するのは
自分の心のオールを人任せにしていることだと思います。

逆に、自分はそんなつもりでなくても
相手が怒る場合があります。

でも、それは相手の心がそう感じているもので
自分が、そうさせてしまったのではありません。

自分の関わりが、まずかったのであれば素直に謝り反省し、
変えようと思うなら変えたらいいし、納得できないなら変えなくていい。

誤解だったり、行き違いがあるなら「私は〇〇と思う」と伝えたらいいし
もしくは、あまりにも考え方が違うなら距離を置くか、
離れる選択をしたらいいと思うのです。そこはバシっと。

全員と仲良くはなれないけれど自分とは仲良くしていきたい。
自分の感情に責任をもつ。

人の感情をコントロールしようとしない
人の感情にコントロールされない

自分の感情に責任をもつのは我がままではありません。
我がままというのは人の感情も自分の思いどおりになって!なれ!と言うことです。

自分の感情に責任をもつ
私も心します。