◆ご機嫌いかが?「情動」と「気分」は違います

感情を分解すると2つにわかれます。

「情動」と「気分」

仕事がら、この違いに敏感な水崎です。
「情動」と「気分」って違うんですよ。

「情動」は突発的に起こるもの。
対して「気分」が接続的(比較的に)続くもの。

例えば、何かの出来事や体験、刺激から
怒ったり、驚いたり、喜んだり
心にエモーションが起こるのが情動。

気分は、何らかの感情後イライラが続いたり
不安に苛まされたり
逆にいいことがあって
なんとなくご機嫌➡気分がいい!なんて時もありますね。

鬱(うつ病)はこの気分が下がった状態の症状で
日常生活に支障がでることです。

うつの中には種類があり気分に上がり下がりがある
双極Ⅰ型、双極Ⅱ型もあります。

時々、心の状態に関して
「フラットでいこう」「フラットでいたい」と耳にしますが
個人的には「気分」のモチベーションのことだと考えています。

人間だもの。
感情(情動や気分)を色々感じるのは自然なこと。

むしろ、白黒よりカラー豊かな感情生活を過ごしたい。

ですが特定の感情に支配され、それがストレスになり増幅し
自分を苦しめる気分に支配されるのは嫌ですよね。

旦那さんとケンカしてめっちゃ怒ったり
実家の父と話をしていて懐かしい思い出にきゅんとしたり
美味しいものを食べにいって「あぁ幸せ!ハッピー」となったり

まぁ感情は忙しく大活躍な日々ですが…

こうやって時々振り返りながら時に情動と気分を分けて考えることも
心を整え、機嫌よく過ごすヒントになります。

皆さんの「情動」&「気分」バランスはいかがですか?
どうぞ健やかでありますように。

◆これまで生きてきて、ありがとうと思う相手は誰?

これまで生きてきて
ありがとうと思う相手は誰?

と聞かれると色々な人が浮かびます。

ですが、その中で「自分」と答える人は
少ないかもしれません。

「おはよう、おつかれさま、ありがとう、おやすみ」など。

毎日誰か下に挨拶やお礼を言います。

心理学を勉強してからは
鏡の中の自分に挨拶やお礼をするのが
習慣になりました。

これは自分と仲良くなるワークの1つで
仲良しとは自己受容、自己信頼、肯定アップのことです。

よく「自分を自分でほめよう」と言われますが
いきなりで抵抗がある方は
まず挨拶から始めるのがオススメです。

人は足りないものや失くしたものに目が行きがちですが
今こうやって在るのは
どんな時もここまで自分と生きてきたからこそ。

落ち込んだり、悩んだり、そのループにハマる時は
「ありがとう」が忘れがちになっている時かもしれません。

鏡の中のわたしに挨拶しよう。
そして「ありがとう」を言ってみよう。

どんな過去があれ、今の私がいるのは
これまでの自分と生きてきたおかげです。

◆後悔し続けていること

「時代が変わるね」

平成から令和に変わる前
甥っ子と母と話をしました。

平成生まれの甥っ子は初めての体験、
昭和10年代生まれの母には2度目の体験です。

2人とも笑っていましたが
笑顔が違うのが印象的でした。

夜、息子と話をしました。

「もしタイムマシーンがあるなら
お母さんは3回だけ帰りたいときがあるんよ」と。

「その2回はあなたとのやりとりの場面やねん。
保育園に入りたての時、そして小学校へ入学した時
私は自分を優先してあなたにとても悲しい想いをさせた。
あの日のその時の顔がいまだに忘れられへん。
もう一回は別の人とのやりとりやけどな。
それも同じ。
自分を優先させて相手の想いをはぐらかしスルーしてん」

息子は黙って聞いた後、
しばらくして言いました。

「オレは覚えてへんで」

胸がチクチク痛みました。

話は変わりますが
私は息子ともう一人の人にしたことを
他の人たちにもしたことがありますが
そこは戻りたいとは思いません。

反省はしています。
胸も痛みます。

でも戻ろうと思うほどではない。
なんでやろうか、、、。
何が違うんやろ?

ずっと疑問に思っていました。

それが息子と話をしていてわかりました。

息子とその人は無条件に私を愛してくれていた。
だから未だにお互い様と思えなかったのです。

無防備に惜しみない愛をもらって
それを受け取らなかった自分
そんな自分への後悔だったんや。

そう気づきました。

それがわかった瞬間、長年ささっていたトゲが
抜けたように思いました。

まだまだ時間はかかるかもだけど
そんな風にした自分を赦してあげたいです。

後悔を超えてありがとうと
相手に思えるようになりたいです。

新しい時代へ
そんな自分もつれて進みたいと思います。

皆さんは新たな時代に何を思いますか?

◆孤独感

「孤独感」といっても
一概に皆同じとは言えません。

1人でいることに孤独を抱く人もいれば
誰かといても孤独を感じる人もいます。

個人的には、今年に入ってから
この「孤独」を時々感じることがありました。

私にとっての孤独は
「新しいもの、未知のものへ向かう時に感じる孤独」に似ています。

例えていうなら、
これまで長年通っていた学校を卒業し違う場へ進学する時
または就職する時などに似ているかな。

あ、あと小学校から中学、中学から高校へと
急に自分や周りが大人になっていくように感じる時の
「孤独」にも似てる!

みなさんは、このような類いの
「孤独」を感じる時はありませんか?

実際は、周りは変わらず
特に何かと別れがあるわけではないんですよね。

これはこれまでの自分の「アイデンティティ」が
変化していく時に起こるものだろうなぁと思います。

アイデンティティとは簡単にいうと
「身分証明」のようなもの。

自分とはどんな人で
何を望んでいて
どうしていきたいのかなど。

周りがどうであれ連続的に一貫した自己や主体性、
「自己同一化」ともいわれます。

アイデンティティが確立していても
長い人生の中では大なり小なり転機があり
それが「アイデンティティの見直し」になったり
人によっては「拡散や混乱」が生じる場合もあります。

一番色濃く出る時期は「思春期」だと言われますが
きっと大人になっても時にこれを繰り返しながら
自己の確立していくんやろなぁ。

そう考えるとこの「孤独感」は
ないがしろにできないよね。

人として.、心理職につくものとしての
アイデンティティの確立‼︎

孤独も抱擁できる自分になりたいものです。

◆やみくもに心配がふくらむ時

想像力が豊かなことはいいことですが
それがマイナスに働くと
自分を自分でしんどくさせてしまうことがあります。

例えば
「いつもよく喋りかけてくる人がここ数日口数が少ない」

何かあったのかな?
自分がなにかしたのかな?
しんどいのかな?など
あれやこれやと想像力発揮でもやもや…

何もおこっていないのに〇〇だったらどうしようと
やたら想像、妄想が膨らみ
やみくもに心配するとストレスになりますね。

この場合の想像や妄想は
あくまで独断的な「思い込み」であることがほとんどです。

たとえ自分の想像していたことが事実であっても
それを黙々と想像している時間は「思い込みタイム」にすぎません。

また逆にポジティブに考えるのは一見いいように見えますが
それも実は「想像や思い込み」であることには違いないです。

目の前の事実は「口数が少ない」というだけのこと。

やみくもに心配しすぎたり、決めつけてしまわず
そんな時は「とりあえず置いておいて」ができるようになると
いらぬ心労を減らすことができます。

やみくもに心配になった時は、まずは
自分の想像力に「ストップ!」をかけてみましょう。

そして息を吐くとともに体の力を抜いてリラックス。

想像力を無視するわけではなく
「とりあえず置いておいて」を意識してみください。

時間がすぎると案外何でもないこともあります。

もし、なんでもなくない場合は
(↑ 変な日本語でごめんなさい)
その時にあらためて考えましょう。

やみくもに心配してしまう時は
「ストップ!」&「とりあえず置いといて」
オススメします。