◆トラウマからの体の反応

昔のトラウマが原因で体に反応が起きることがあります。

胸が苦しくなる、ドキドキする、
頭痛、腹痛、喉が乾くなど

人によって様々ですが、当時を連想させる体験や場所
間接的に見聞きするなどで
体が反応するということがあります。

自分の場合は何かを評価されたり(面接とか)
間違いを指摘されたり、注意を受ける時
相手が女性で、凛とし、上品な方だと
腕が熱くなり鼓動が早くなります。

昔は理由がわかりませんでしたが
10数年前、自身がカウンセリングを
受けた時に気づきました。

幼い頃、母から怒られるたび、叩かれるかもと思うと
腕を抑え、頭をすくめたので
大人になってからも無意識に腕や鼓動が反応していたようです。

カウンセリングを受けてからは
当時を嘆き、労わり、慰め、過去と今を分けるよう繰り返し
更に今では母との関係が
とても良いので反応が薄らぎました。

反応したとしてもすぐに「大丈夫だよ」と
自身がやさしいお母さんになって腕をスリスリすると
すぅ〜っと落ちつくようにもなりました。

体は心とつながり、時間も切れ目なく
繋がっているからこその反応。

日常に支障がなければ良いですが
気になる場合は自分を労わるカウンセリング等の
援助を受けることもひとつです。

先日、母との雑談でアームウォーマーが
いかに温かいかを力説していました、私が。

すると数日後プレゼントしてくれたんです。
アームウォーマーと手袋。

なんか、なんか…言葉にならん…涙
つけてみたらこの上なく温かく心地よい。

今、昔のことを母に伝えることもありませんが
我が子に手を上げた当時の母の心は
なんらしかの痛みを抱えていたのかもしれないなぁと思います。
アームウォーマーをつけると
手を繋いでいるような感覚がします。

◆仲良い相手と合わなくなったのは、波長が変わったから

以前は気があって
一緒にいると心地よい相手だったのに
今はちょっと会うだけでも疲れる
会話が噛み合わない

なんてことありません?

特別、何かがあったわけでもないけれど
なんとなくな違和感やしんどさを感じる
これってただ波長が変わっただけともいえます。

人は変化するもの

常に同じ場(ステージ)にはおらず
関係の強度は揺らぐのは
自然でそれが繋がりだともいえます。

親、兄弟だってそう
いや、近しいほどその自覚が
必要だと思う時があります。

家族とて数週間
数ヶ月で違うもん。

これって人に限らず
場や体験等もおなじこと

以前は好きだった場所や
お気に入りの体験が
今はあれ?ということがあっても
不思議ではありません。

やっかいなのは
ただ波長が変わっただけなのに
相手に、自分にそれを認められない時

「身の回りのものは変化していくもの」

それを前提に付き合い
良い時もそうでない時も
変わることも前提に付き合えれば
期待や、こうでなければという想いを
緩めることができます。

あなたの波長、私の波長
常に揺らぎながらここにいる

今は遠くなっかもしれないけれど
また近しくなる時もあるかもしれないし♪

お互いそれぞれの場で
心、おだやかに過ごせますように。

◆しあわせになる復讐

酷いことをされた時
「復讐」したくなる気持ちにかられることがあります。

相手をゆるせない
ギャフンと言わせたい
同じ目にあえばいい
それ以上苦しめばいい、等

実際にするかは別にして
そう思うのは自然なことです。

なぜならそれ相応の打撃を受け
怒りや憎しみ、恨みの根底にある
心の傷は深く痛んでいるからです。

ですが実際に相手に「復讐」したとて
傷が癒えるかというとそうでもありません。

中には、復讐したとて
過去の事実は変えることができないからです。

またやり返すエネルギーで逆により、
今の苦しみを長びかせてしまうこともあります。

じゃあ赦す?ゆるせるか?というと
それは無理。

となると、心の持って行き場が
わからなくなりますね。

私は復讐には2種類あると思います。

一つは相手に直接やり返す「復讐」
もう一つは相手のことが今の日常に気にならないくらいに
しあわせになる「復讐」です

理不尽な目にあったし
酷い仕打ちを受けたけれど
そんなことがあったにもかかわらず
今、私はしあわせに生きている!

これは酷いことをした相手に対する
最大の復讐ではないでしょうか。

体験をポジティブに捉えるという意味ではなく
なかったこととして生きるわけでもなく
受けた傷の癒しとケアを丁寧に行い痛みをしっかりと嘆き、
その上で目指すところはしあわせな未来へ。

例えば、幼少期
劣悪な環境や関わりで育ったけれど
「私は今しあわせです!」と言えるあなたは
すでに復讐完了ですね。

どんな過去があれど
未来のしあわせは閉ざされていない。

2つの復讐
どちらを選ぶかは自分次第。

しあわせになる方を選択して
生きていきたいです。

◆失敗したごはんから美味しいオヤツが出来ました。

失敗は成功のもと、とか
失敗は成功の母、などと言い
失敗を題材にした格言やことわざって沢山ありますね。

先月は個人的に失敗をいくつか経験した月でした。
(その月だけに限らないですが)

内容的には自分1人のものもあれば、
人との関わりのケースもあり
その瞬間は凹んだり
感情が大きく揺さぶられたものもありました。

が、結果どれもこれも良い方向へ向かい
経験してよかったと思いました。

例えば人間関係では自分がよかれと思って、
気がはやり友人に知り合いを紹介したら、
うまくコトが運ばず、
「もう少し慎重に繋いだらよかったなぁ」と諸所
反省する点があり結構エネルギー使いました。

ですが、一方ではそのおかげで
久々に友人とじっくり話すことが出来、
更にその流れで、来年目標にしていた
「外国人と英語で話す、友だちをつくる」
という自らの目標が思わぬ形で
現実になる展開になりました。

不思議ですね。

これって「失敗はラッキーな展開」
というのでしょうか。

つくづく物事は多面性があり
様々な可能性をはらんでいるんだなと思います。

それ以外の失敗は
玄米と白米を合わせて炊くのに
水加減間違えてしまったこと。

そこで何とかできないかな?と
一つはリゾットにして晩御飯の一品にし、
もう一つは「おはぎ」にリメイクしました。

ちょっと作り方をご紹介しますね。

1、切り餅をレンチンで柔らかくしご飯と混ぜあわせ、
更に砂糖とひとつまみの塩をいれて混ぜる。

2、中にあんこを入れてお団子にする。
あんこ無しでも可(手を濡らしてお団子にする)

3、お団子にきな粉や、青のりをまぶしたら完成。

めちゃウマな、おはぎになりました。
これ考えた先人さんに「ありがとう!」と言いたい。

このおはぎ柔らかいご飯でなくても
普通のご飯とお餅でも作れるそうですよ。
ほんと美味しい。

というわけで失敗を成功にするのも
失敗を誰かの役に立たせるのも
失敗を化学変化させ進化させるも
またまた更なる発明を生むも
失敗と人との付き合い方次第!

Failure teaches success.
(失敗は成功のもと)

failure is delicious!
(失敗は美味しい!)

英語で書いてみました。

「失敗どんと来〜い!」
かつ、丁寧に過ごしたいと思います。

◆やる気が出ない時にやったらいいこと、やってはいけないこと

暑いと思えば、肌寒かったり
夏の疲れが出やすい時期。

体が重だるい
やる気がでない

そんな日はいつもより
スローなテンポで過ごしています。

やる気が出ない時の対処法としては

・休む
(早めに寝る、最低限のことをするなど)

・五感が心地よいコトを取り入れる
(香り、耳触り、味、肌触りなど)

・やるべきことを書き出す
(書くことで整理され、焦りなど軽減します)

・気分転換
(いつもと違う行動をする)

・あえて、やらねばならないことややりたくないことを少しやる
(切り替わり、やる気が戻ることも有り)

など、他にもありますが
これらの中で自分に合いそうなものを
試してみることをオススメします。

同時にやる気が出ない時に
やらない方がいいこともあります。

・自分を責める
・比べる(人や、出来ていた時の自分と)

益々、やる気が低下してしまいます。

とはいえ責めたり、比べたりの思考が出てくる時は
ストップ!物申すと自分に自分で言って
先の記述内容で出来そうなことを試してみましょう。

やる気なしから抜け出やすくなりますよ。
ご自愛ください。