◆「ウサギとカメのお話し」の別の解釈

「ウサギとカメ」のお話し。

足が遅くても油断しないで
コツコツがんばったものが勝つよ、
というおなじみの教訓話しですね。

でも見方を変えるとウサギとカメは、見ていたものが
違っていたんじゃないか?という発信(SNS)をみました。

ウサギはカメ(相手)をみていた。
カメはゴール(目的地)をみていた。

なーるほど。
そうするとただの「努力」のお話じゃなくなるね。

「どこに視点を置いているか?」
これって私たちの日常でもアルアルだなと思いました。

たとえば最初は「豊かな暮らしがしたい‼︎」と
お金を稼ぎ始めたはずが、
いつの間にかお金を稼ぐことで必死になり、
本来の目的から遠ざかってしまっているとか

ダイエットだったら
「キレイになりたい(ゴール)」なはずが、
「あの人より太ってる、痩せてる(相手)」
と人や数字ばかり気にしてるとか

仕事なら「人に喜んでほしい(ゴール)」なはずが、
「同期に負けたくない(相手)」とか
比較や成果ばかり気にしてしまうとか。

子育てなら「我が子の幸せな成長、自立」を
願っていたはずが「周りの子は〇〇できる」とか
足らないとこばかりに目がいって
ついウサギのように目的を見失ってしまう、なーんてこと、
私もあったわ、、

いま自分が見ているのはゴール?
それとも何かな?

自分らしい足取りを取り戻すためにも
立ちどまってみるといいですね。

ウサギとカメのお話し。
今度、勤務校の子どもたちとも
話しあってみたいなぁ思いました

◆同年代とうまくいかない子への関わり

集団にいるとしんどい。
同年代とうまくいかない。

クラスで過ごすことが難しい児童がいました。
同年代の子とのトラブルが続いています。

大人に対してもなかなかの反抗っぷり。
でも、一対一でじっくり関わってみると、あら?

簡単なゲームをする中で最初は
「いらんわ!」「あれやって」「これやって」と
私に指示をしていましたが、一緒にあそんでいると
次第に力みが抜け、
「あれ?なんか気遣ってくれてる?」

時間の最後に
「今日は友達みたいにあそんだなぁ」
と私が言うと、
「先生と友達やで」と言う。

いつから!? 
あら、まぁ、かわいい。
そしてちょっとうれしい。

以前、ある学校の校長先生が、
「同年代との関係が難しい子は、まず動物、
次に大人、そして同年代と段階的に関係を築くと良い」
とおっしゃっていました。

なるほど。
次は一緒に「的当て」を
つくって遊ぶ約束をしています。

相手にとっての「いろんな友だち」に
なりきりたいと思います。

◆意地悪の記憶とリフレーミング

実家で母がつけていた育児日誌を妹がみつけました。

妹0才。 私2才。
弟はまだ生まれていません。

そこに綴られていたのは若かりし母の子育ての悩みでした。

2才の長女(私)が、0才の次女(妹)をつねっている。
それは決まって自分が見ていない時にやっていると姑が知らせてきたと。

妹をつねっていたのを覚えてはいませんが
思い当たる節はありました。

自分が4、5才の頃、赤ちゃんだった弟をつねっていたこと。
ものごころついた頃から妹や弟に張り合い、
何かしら優位にたとうとしてきたこと。

きょうだいと比較しうらやましさを抱えていたことなど
断片的な記憶として残っているからです。

この件に関して弟にはえらそうにしていたことを
数年前にあやまり、妹へは今回、ごめんと言いました。

すると妹は私の言葉をさえぎり、

何いうてんの?!
2才の子に根っからの悪意があるわけないやんか
そうさせたのはお母さんやおばあちゃんらやで
ゆかちゃんは悪ないやろ

と言いました。

妹には2人の子どもがいますが下の子が生まれた時、
上の子が寂しい思いをしないように特に意識したそうです。

過去のこととはいえ当時を思うと罪悪感がわきます。
ですが、つねる→意地悪ではなく当時の2才の子どもへの理解として
妹がリフレーミングしてくれたことで救われた気持ちになりました。

「ごめん」という私に
覚えてないから(笑)って。

責めるのではなく、あの頃の私を
「そうするしかなかった子ども」として
受け返してもらえたこと。

自分もまた心の中の2才の私を、
しっかり抱きしめてあげたいと思います。

◆「それ防衛やで〜!(笑)」研修直後から先生方の見立てが変わった!心理研修レポ

小学校、中学校で「心理研修」と
児童生徒についての見守り会議を行ってきました。

今回の研修内容は
「心と行動のちぐはぐ」に気づく
防衛機制から学ぶ自己理解と子ども理解

防衛機制は誰にでもあるなくてはならない心の機能です。
わかりやすい所でいうと言い訳したり、嘘ついたり、ごまかしたり。

子どもだけでなく大人もアルアルですよね。

防衛機制って50種類くらいあり
それらを気づかずやっていることがほんっと多いです。

私が行う研修では、一見子どもを対象にしているように見えますが
そうではありません。

子どもも大人も心のしくみを知り自分でケアしたり大切にできるように。
またそんなきっかけになればいう思いでつくっています。

先生方からいただいた感想の一部は、
・自分自身嫌なことがあっても切り替えてきたけれど、
 体調に出るのは心にフタをしてきたからだと気づけた。
 整理したい。そのためにももっと学びたくなった。

・50種もある防衛に守られてきたことがわかりもっと自分を労りたいと思えた。
 生徒への対応が間違ってなかったとわかった。

・私自身防衛だらけ。ですが年齢や立場、環境で変化してきている。
 脱却の3つのステップで安心を手にいれるため動きたい!

・生徒のことを解決したいと言う思いと心配から(自分の防衛から)、
 事実ではないことや自分の思いを伝えていたことに気づいた。

・研修で質疑応答がたくさんあって周りの先生の
 子どもへの思いにふれ心強く感じられた。

・自分の性格を再認識できた。
 言い訳する子どもの気持ちがよくわかる。
 学級経営に活かしたい。

その他にも、たっくさんすっぴんの感想をいただきました。

今回こちらを作成するにあたり私自身、
自分の防衛機制も徹底的に探り直視しました、、、
いつのまにこんなに守り上手になってたんや(笑)

人にお伝えするには自分が防衛ゴリゴリで
伝えるわけにはいかへんよね。

研修後の会議では、先生方がさっそく学んだ用語や心理学的見地を見立てに使われ、
また「今のそれ、防衛やでー笑」などツッコミあいとても良い雰囲気で
有意義な、2学期以降の具体的な対応の話しあいになりました。

大人が整うと子どもに連鎖します。

研修の準備は心的負担や疲れも大きいけれど、
その分学びや得るものが大きい。
ほんま有り難いです。

◆勉強すると、目の前の一杯の水はただの水じゃなくなるよ。

「勉強って何のためにするの?」

その問いに応える一杯の水の話が好きです

コップ一杯の水を前にして、

「国語」なら「水」という言葉や表現を学ぶことができる

「算数」なら何mL入っているか、割合や体積を知ることができる。

「理科」なら水の性質、状態変化、蒸発、沸騰を学べる。

「社会」なら水資源、ダム、水道、世界の水問題を知ることができる。

「保健体育」なら体にとっての水分補給や熱中症予防を学べる。

「家庭科」なら料理や衛生、生活の中での水の使い方を得ることができる。

「図工・美術」なら水彩画や透明感を表現する方法を学べる。

「音楽」なら「水」をテーマにした曲や音を感じる。
グラスの水の量で音色が変わるおもしろさや創造を体験できる。

勉強はテストのためではない。
一つの物事をいろいろな角度から見る力を育てるため。
見て、感じて、体験する世界を豊かにするため。
勉強すると目の前の一杯の水はただの水ではなくなる。

心理学もいっしょ。
子どもたちへの心理授業が生きるよろこびに、力に、
それぞれのしあわせに、繋がりますように。

昔、勉強をなんのためにするかわからず
考えているうちに落ちこぼれていた、、
心理師、スクールカウンセラーより。