◆戦略を立てなさい

父からの教えの一つに
「戦略を立てなさい」があります。

例えば、仕事の目標、
資格試験、人生で叶えたいこと
また困難に直面した時の抜け道など。

また父の言う「戦略」は必ずしも人と同じではなく
既存のルートややり方でもなく
オリジナルを生み出せということです。

先日、父の話をきいていて
これも戦略の1つ?ヒント?と思うことがありました。

父は大学の英文科を成績トップで卒業しているのですが
ある単位の授業に四苦八苦したそうです。

それは外国人の先生が、英語がネイティブレベルでできることを前提に
ハイスピードで講義をする授業でした。

授業は帰国子女や海外経験ありの生徒が有利でしたが
父はついてけず、同じ土俵で戦うには厳しかったそうです。

また、当時父は国や学校から奨学金をもらい
大学に通っていたため
家庭教師を受けたり、海外留学する余裕はありませんでした。

なんとかして授業についていきたい。
1番をとりたい…

当時の父は時間さえあれば
大学の図書館と近所の大型本屋に通い
片っ端から読んでいたそうです。

「ここに何かのヒントはないだろうか?」

そんなことを思っていたある日、かなり分厚く重く
一見一般の人が手にしないような
英語で書かれた専門書が目にとまったそうです。

それをパラパラとめくったところ

あ!ああああー!

講義とまったく同じ内容が書かれているではありませんか。

つまり先生の講義のテキストを
みつけちゃったってこと。

あっぱれ父!(笑)

授業はその本通りだったそうで
それを予習復習さえすれば
成績がトップになるのは間違いなかったそうで
結果はいわずもがな、、、

「お父さん誰にも言わんかった」と
65年たって私に言うてました(笑)

そんな父は幼い頃は裕福でしたが
6才で実父を失くし
そのすぐ後に戦争で何もかも失い
超貧乏で育ちました。

ですが、その環境や運命だったからこそ
戦略を立てる術や生きる知恵
そして努力で運を味方にする力を
身につけてきたんでしょうね。

父のいう「戦略」とは
必ずしも王道ではなく
人にならえだけではないということ。

様々なエピソードをきくたび
まだまだ父の足元にもの及ばないと思いますが
最近では失敗したり
思うよな結果を得られない時は
また新たなチャンスがきたと随分思えるようになりました。

またお父さんの教えは
カウンセリングの受容に役だっています。

もともと人は同じではないし
一緒じゃない

年老いた今、様々症状から
同じことを繰り返し話し、聞く日常ですが
その中から新鮮な発見もできるのは
お宝さがしのようでもあります。

さて、あらたな戦略をたてていきますか!

◆法を学ぶ意味

知識より経験、実践だよね。
ずっとそう思ってきました。

あ、知識も大事だとは思ってたけど
それ以上にってことです。

ですが、今年はその考え方に
盲点や防衛が絡むことに気づきました。

知識が人を助けるし
知識は実力になると。

今は実践や経験と同じように
知識を身につけ力にしたい!

そんな気持ちがムクムクです。

苦手分野の1つに「法律」があります。

心理職がなんで法律?

また個人的には「心=自由」と思う分
反対やんと思ってきました。

ですが、法(関係行政論)を知ることは
心の自由や健康促進に繋がるとわかりました。

法を学ぶと下記の効果が得られます。

1、援助者への理解(周辺の援助)
 ex:離婚、DV、介護、虐待など

2、心理職として行動決定する指針
自分の立ち位置がわかり他職種と協力できる

3、社会、時代の変化がわかり
心理職として対応幅が広がり援助者へ役立つ

要は、法や決まりをしることで
より自由度が増すということ。

そっか!
支援には柔軟性や知恵が生かされるのなら
苦手とかいってられない。

例えば、不登校を例にとっても
以前の法律では復学を重きにおいたサポートを見据えた法でしたが
近年ではほんとに復学しなきゃいけないの?というように
「法」による支援の方向性が変わっています。→ 教育機会確保法

それにより受けられる行政サービス、対応も変わります。
とてもいい傾向です。

そして方がただお飾りにならないためには
やっぱ知って活用しなければならない。

法をつくるのも
法に命を吹き込むのも人間。

法に心がともなっているんだと発見!

そう思うとあんなに苦手意識があった分野に興味がわいてきます。

というわかで法律ともっと仲良くなりたい今日この頃。

まだまだ、いや、どこまでいっても限りはありませんが
微々たる積み重ねからでも
あらゆる連携ができる専門家に成長したいです。

◆時間薬と効果

「時間の薬が効いてきました」

あるクライアントがおっしゃったのをきいて安堵しました。

時間が薬になる、、という概念はよく聞く話です。
ですが実際は「時間」だけではないと思います。

その間どう過ごしたか?
どう動いたか?
また、じっとする休むことを選択したか?
待つことを選んだか?など。

「時間」・「存在」の結果が時間の効果だと思います。

話は変わりますが時間の使い方を意識すると
結果や世界が変わるということが日常でもいくつかあります。

例えば、食事について。

私はご飯を食べる時、意識的に「味わう」ようにしています。

そうすると自然に沢山噛むし太りにくくなるし
間隔が研ぎ澄まされるし同じ食事時間が満たされる時間になります。

食事って必ずするものですしね。

それが毎回満たされた感が持てるって
いいなぁと思うんだなぁ。

また今年やっている心理学の勉強は
先生の講義を高速(倍速)で録音機にいれて
聞いて(流して)います。

そうすると忙しい日でも学べるだけでなく
高速から普通速にした時にゆっくり聞こえてくる。
これがまたいい。

これはむかーしやった英語学習でやったのですが
聞き取れなかったものが高速から低速になると
「よく聴こえる」「ゆっくり聴こえる」ようになるんですね。

これも「時間・存在」効果ですね。

「時間」は薬にもなれば
ただ過ぎるものにも苦痛にもの、
しあわせにも、如何様にもなります。

人によっては
こんな時間がいつまで続くんだろうと苦しみに感じたり
なすすべがないように思うほど辛い時もあるけれど
時間は味方になってくれるものでもあると私は信じています。

また、そんな付き合い方を自身や
クライアントとみつけていきたいと思っています。

◆強迫症(周りの理解)

昔、ストレスやトラウマから強迫症という
神経症にかかったことがありました。

不合理だとわかっていてもわかっていても
「〇〇をしなければ、恐ろしいことになる」と
強迫観念にとらわれてその〇〇を儀式のように繰り返すのです。

強迫行為に多いものは不潔恐怖と洗面強迫(何度も手を洗うなど)や
確認恐怖(何度も鍵やスイッチを確認するなど)です。

当時の私は、掃除に異常に固執し
1日3回以上掃除機をかけ
またどこかしらを拭いていました。

綺麗になっていいじゃないか?と思われるかもしれませんが
拭いた直後にきになるものでしんどくてたまらなかったです。

辞めたいのに辞められない。

汚くても死なへん!そんなの不合理だ!とわかっていても
体は動いてしまう、頭の司令がとまらない。

モノ、コトによっては日常生活にも
支障をきたすので辛いです。

辛いのは行為がやめられないことだけではありません。
自分の場合はそれ以上に
周りの目や理解が気になっていました。

本人は行為や思考は特殊だとわかっています。

でも、それをせざるを得ない状態をわかってもらえない
もしくは口に出さずとも偏見を感じたりして
それがわかるとますます不安になり症状に拍車がかかるのです。

これまで私が受け持った強迫症のクライアントたちは
ここへきて(カウンセリング)わかってもらえたことに
安堵されていました。

治療はカウンセリングの行動療法や
医療での薬物療法(抗うつ薬)が一般的ですが
不安症やパニック症と併用している場合が多いので
治療方針はクライアントの状態や
本人の意向も合わせ選択していきます。

行動療法とは、あえて恐怖のピークまで
行為をとめるというものがありますが
本人の同意や適切かどうかをよく見極めないと
逆効果になることがあるので慎重をきたします。

けっこうなあら治療でもあります。

ただ、最近思ったのですがこの行動療法、
理にかなっているなぁと感じることがありました。

また強迫症の改善に限らず人によっては
日常にも応用できるなぁと。

強迫症の治療のひとつの行動療法に強迫行動をピークまで
我慢させ恐怖や心配を乗り越えるという方法があります。

例えば、繰り返す手洗いや掃除をあえて
「やっちゃだめ!」とストップをかけるというやり方です。

ストップするとますます不安や恐怖は増大し
すごいストレスと負荷がかかります。

人によってはもうアカン!しぬー!くらいの
恐怖に襲われる場合もあり
かなりスパルタな荒治療ですが
実際のところ恐怖や心配不安にはピークがあり
そのピークを超えるとふっと抜ける(捕らわれから)瞬間がやってくる
それを目指します。

これは効果的とはいえ実際は倫理的にもどうか?
という議論もあり頻繁に採用されるものではありません。

ですが理にかなっているなぁと思います。

なぜなら、不安や心配、恐怖を受容するやり方だからです。

強迫症や不安症に限らず人は同じことで悩んだり
似たような問題を抱えることがあります。

そのたびにラクになる考え方をしたり
「切り替え」と言う名のもとバシッとなかったことにして
気を紛らわすことがありますが
そうすることで同じことに遭遇する場合があります。

皮肉なもので不快を避けようとするればするほど
不快に追っかけられるのね。

強迫症のクライアントではありませんが
これまでストレスや問題に直面しても
なんとなくやり過ごしたり見てみないフリをしていた方が
ある出来事をきっかけに軽い鬱状態になられたことがありました。

その方がラクになられた時の言葉が印象的だったかな。

それは
「今回はこれまでと違い悩みきりました。
だから少ラクになったんだと思います」

不快な感情はできれば避けたいもの。

ですがそれも自分の一部であることは事実。
仕方ないのよね。

感じきって悩みきったら
やがてピークがきて仕方ないと諦めがでて
受容に変わる瞬間が訪れる。

それも心の力だなぁと
日々買う背リングで教えられています。

繰り返しますがだからといって
毎回直に向き合いましょうと
すすめているわけではありません。

人それぞれ症状やパーソナリティによって
やり方は一概には言えませんから。

一番書きたかったのは
どんな感情も自分のもの
そしてピークがあるってことだな。

苦しみは続かない。
そしてそして悩みきった乗り切った先に自信がつく
自分との絆が強くなるという
ご褒美があることもまた本当です。

◆運、人脈、モノ、チャンスなど、豊かな人の共通点

運、人脈、モノ、チャンスなどに恵まれている人
または巡りがいい人を観察していると
共通点があることに気づきます。

頭の良さや、能力、努力もありますが
それよりも奥にある土台のような共通点です。

それは「受け身」ではないことです。

自分から先に与えるということも
共通しています。

人に何かをしてもらったから返すのではなく
また言われたからやる、合わせるのでもなく
自分から何かを発信されています。

一方で何か嫌なことをされた時
それと同じように「やりかえす」こともされません。

例えば挨拶したのに無視された場合
同じように無視したりはしないんだなぁ。
これも受け身だものね。

これがなかなか難しい。

受け身にならず自分発信。
何にせとやったことは
時差はあれ返ってくるもの。

今の選択が未来に繋がるなら
今ここから意識して受け身ではなく
「自ら」を選択していきたいですね。