ここ1年を振り返ると
約1000件強のカウンセリングを行ってきました。
またSCとしては多くの児童、生徒、ご家庭、
学校と関わらせてもらいました。
その中で今も濃く印象に残っている出来事があります。
不登校になりかけていて家では強い反発が繰り返され、
長時間ゲームにのめりこんでいたある小学校高学年の事例です。
学校や担任と連携し保護者へは心理教育を行い、少しずつ、
自分の気持ちや欲求を安心して出せるよう、
受けとめる環境づくりや生活リズムを整える支援を行ってきました。
正直、簡単な道のりではなく「これ合ってるかなぁ」と
心の中でつぶやく日もあったな。
そんな矢先、保護者が医療機関を受診されたのです。
医師からは「今は子どもの要求を全て受け入れてあげてください」
「やりたいことを、やりきらせてあげてください」
という内容の説明があったと聞きました。
正直、言葉に詰まりました。
この考え方そのものを否定したいわけではありません。
人育てや支援では「受けとめること」「待つこと」が
大切な場面、タイミングは確かにあります。
ただどうしても違和感が湧きました。
ほんまに今だけみていていいんやろか?
依存が強く、感情や欲求が満たされないと理性を保つことが難しい。
反発反抗が激しくなる状態で、行動を容認することは
この子の「これから」にどんな意味をもつんやろう?と。
依存、ゲーム依存は今や医療や心理の分野でも
慎重に扱われるテーマです。
特に小学生は脳も心も発達の途中にあります。
その時期の関わり方が身体の感覚や自我の形成、
人との関わりに影響を与えることは想像に難くありません。
医療、教育、心理、家庭。
それぞれに役割と専門性があり、各々視点があります。
だからこそ「どれかひとつが正解」と決めてしまうことは、
場合によっては危うい方向へ繋がる可能性があるんじゃないかと感じました。
自分は公認心理師として支援を行なっています。
公認心理師の分野は医療、教育、福祉、司法、産業の5領域。
私の今は教育分野を中心に仕事をしています。
現場にいて度々感じるのは支援は
ひとりの専門性で成り立つものではない、です。
医師も、教師も、心理師もそれぞれの役割と限界があります。
医師だからといって万能ではない。
私自身も同じです。
法律上、公認心理師は医師の指示に従う立場にあります。
その枠組みの大切さも理解しています。
ただ現場で子どもを見続けていると指示として出されたことと
「この子の今」に必要なことがどうしても一致しないと感じる場面もあります。
今回はそんな難しさに向きあう時間になりました。
こたえが簡単にでないからこそひとつの考えや一人で決めず
立場を超えて話し合う、協働する。
その積み重ねが必要だとおもう。
私が以前学校で行った心理授業のテーマは
「コミュニケーション」「コラボレーション」でした。
子どもだけでなく 私たち大人もです。