◆私が主役!周りはみーんな脇役よ!

周りや自沈にとても輝いている人がいると
つい「私なんて」と思い比べてしまうことはありませんか?

私は時々あります。
口に出さなくてもココロで思う時があります。

「比べたって仕方ない」と思っていても
頭でわかっていても長年の癖は簡単には消えません。

ただ、それに気づいて対処するのは早くなり
数秒でリセットできる時もあります。

そんな時に効く呪文はこちら。

「私は私の人生の主役!周りはみーんな脇役!」

例え自分が目立ない存在であったとしても裏方でも
自分の人生においては周りの人は全員脇役です。

サザエさんの漫画では、サザエさんが主役だけれど
カツオが主役の漫画だってつくれるし
ワカメちゃんだって、タラちゃんだって
主役の漫画やドラマがつくれちゃう!

皆、それぞれの舞台の主役です。

そして周りと比べるくらい周りを良く見ている自分も
それはそれでいいところ。

主役だから目立つ役割とは限らないし
主役だからすごいとか出来てる人という意味ではありません。

主役のキャラクターは様々♪
そして主役は誰かの脇役でもあります。

自分が主役であることを自覚できていなかったり
受けとめられないと、自己肯定感が低くなり
自分のことをおいて人を優先していると
余計なお世話になります。

主役と脇役。
素敵な舞台になりますように。

◆信頼関係がグラグラする「言い訳」はやめよう

仕事がらみの待ち合わせで遅れたことがありました。

先方に「10分ほど遅れます」と謝りの電話をいれました。

「大丈夫ですよ。お気をつけていらしてください」
と返事を頂いたものの渋滞の渋滞にはまり動かない!!

前の車がなかなか進まないのにハラハラ、モヤモヤ、イライラ。
もうちょっとずつ詰めてくれ~と焦りました。

結局15分ほど遅刻。。。

嫌な顔せず「大丈夫ですよ」と気遣って下さったのですが
すみません、と言った直後の自分の一言に幻滅しました。

「混むと思って早めに出たのにすごく混んでたんです。。。」

言った直後に、言い訳している自分の言葉に恥ずかしくなりました。

遅れたのは私。
どんな理由があろうと相手に関係ないし。
聞かれてもいないのに、それを言い訳する自分が
本当に恥ずかしくなりました。

遅れたことが恥ずかしくて、それを素直に認め謝るのが
こわかったんですね、そしてつい。

逆の立場で同じような言い訳を聞いたことがありました。

相手の連絡滞りで、必要なものが私に届かず
最初に謝罪ではなく言い訳が先にきて、とても残念な気持ちになりました。

どんな事情があろうと「すみません」が1番じゃないの?
誰の責任なんやろ?

そう思いましたが、私も同じことやったのね…。

信頼関係ってミスしない、ってことではないんですよね。
ミスしたらだめなことも時と場合によってはありますが。

〇〇さんが、とか
きいていない、とか

それが事実であっても
まず自分側の非を認めよう。

私自身、気をつけよう!改めて思いました。
人間関係は両社で作るものですね。

◆迷って決められない時の3つの理由

以前、関東方面へ仕事とプライベートを兼ねていく
予定を変更したことがありました。

一番の理由は天候。
(その時は大雪になってしまいました)

頑張ればいけなくもありませんでしたが
私だけではなく、スタッフも同行予定。
交通のことを考えやめることにしました。

この時はさほど悩むことなく決めましたが
時と場合によっては選択に迷うことがあります。

それは基準があいまいな時。
そんな時は、私は今何で選択できないんだ?と
心理学にあてはめて自分と話をします。

★人が悩む3つの葛藤★
(1)接近と接近の葛藤
   2つの選択がどちらも自分に良い場合

(2)回避と回避の葛藤
   どちらも自分に都合が悪い場合

(3)接近と回避の葛藤
   選択すると好ましい結果が手に入ると同時に
   都合が悪いことも一緒についてくる

さぁ、どうする?

小さいことから大きいことまで毎日選択だらけ。
そしてたいがい答えは出ているんですね。

本人はしんどいでしょうが、まわりに迷惑かけすぎない程度なら
ひとしきり悶々としていいと私は思います。

なぜなら、そうすることで自分基準がはっきりしていくから。
それがないと、いつまでたっても人や外部にゆだねることが多く
自分がお留守になります。

自分で何を感じ考えているのか鈍感になり
人の目が気になり自信喪失から自己肯定が低く
私なんてというループに向かいます。

とはいえ、選択が複雑な人間関係や
一筋縄ではいかないこともありますね。

そんな時は心理かうんせりんぐで整理整頓するのがオススメです。
私は代わりに決断することはありませんが、足場がハッキリします!

◆人のせいにする人と、人のせいにしない人の違い

もう随分前ですが、友人が仕事関係で
トラブルがあり困っていたので
その道に強い私の知り合いを紹介したことがあります。

私は、紹介した人を信頼していたし、
友人もとても喜んでくれました。

その後、友人と私は互いに忙しくしばらくご無沙汰していました。
それから随分時間がたって。

私の紹介した人が、なんらかの不手際をおこし
大変な状況になったことを、周り回って聞きました。

友人に連絡してみましたがなかなかコンタクトはとれず。

私の紹介で友人が選択したとはいえ、
申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

その後、話す機会があった時、
友人は一切の恨みつらみやグチを言いませんでした。

それどころか、紹介してもらったのに、こういう結果になり
残念だけど、あなたに感謝してる。本当にありがとう、と。

なんて、自律した心根の強い人だろうと思いました。
一切のグチを私に言わない。

状況を知り、きっと相当のことがあったんだろうなと思いますが、
その出し方を選択しているんだなと思いました。

大、小かかわらず自分の望む成功を手に入れる人には共通があります。

それは「責任者」であること。

私の友人のようにどれだけ想定外の出来事に出逢っても
自分に起きたことは、まず自分の責任と心底とらえれるか。

それは、ムカつくな、怒るな。
いい人であれという意味ではありません。

色んな感情がわきつつも誰かのせいにしない責任者の生き方です。
それって発信やアウトプットに現れてくるんですね。

「またグチを言わない=何も言わない」は違いますよね。

言うべきことは、きちんと伝えなきゃ、のみこんでフタしただけになります。

ただ言う時に、「◯◯のせいで」は被害者。
「私は~思います!」は責任者。

責任者の反対は、被害者。

<責任者の得るもの>
尊敬、援助、チャンス、経験、成功、充実感
意欲やパワー、幸せなど

<被害者が得るもの>
不平不満やグチ、弁解、逃げ、悪口、妬み、
嫉妬・恨み、依存心や甘え、気楽さなど

責任者の得るものは、被害者は失い
被害者の得るものは、責任者が失います。

要は、何やっても自分にかえってくるってこと。
あれやこれや言ったところで、その一言につきるなと思う毎日です。

◆周りの人は盛り上がっていても違和感を感じて戸惑う瞬間

仕事やプライベートで、複数人でいると
周りの人たちは楽しそうで盛り上がっていても
自分は違和感を感じることがありませんか?

もしくは、仲のいい友達や知り合いでも
ん?あれ?・・・なんか居心地悪って時。

ありません?
私あります。たま~に。

変だなぁ、なんか違うなぁって
思っていても合わせてしまいがちです。

昔の癖で無意識にしてしまいがちです。

そんな時ほど、どんな顔や返事していいか
わからなくなりますね。

「そんなことはない」
自分は、どんな時でもハッキリしてるから!!
という方はそのままで。

私はそんな時、瞬間的に相手や
周りの顔色を見てしまいアタフタしがちになります。

そこで必要以上に合わせすぎないために、
「(私は)なんか違うと思う」と心の中で数回つぶやきます。

口には出しません。
とりあえず心の中でつぶやくんです。

すると、アタフタしなくて周りに合わせず、
何を言えばいいか、どう対応すればいいか落ちつきます。

その違和感が何なのか、
後でゆっくり振り返ることも出来ます。

違和感があるのに、周りの目を気にして
合わせている時は自分を見ていないですからね。

違和感を感じるのは自然なこと。
みんな違うもの。

周りの目を気にしすぎる時はお試しください。