◆〇〇しているのに思うような結果が得られない時

一生懸命勉強したのに結果が出ない

あんなに仕事を頑張ったのに
目標にたどりつかない

カウンセリングを受けているのに
大きな変化を感じられない

「〇〇しているのに思うような結果が得られない」
ということがあります。

そんな時、自分ってダメだなぁと思ったり
人と比べてへこんだり
またはやっても無駄だと思ったりしてしまいがちです。

ですが、本当にそんなのかなぁ?と
自他を見ていて思う時があります。

例えば毎週カウンセリングを受けて2ヶ月たつ方が
思うような成果を感じられていない場合。

考えられる原因は大きくわけて2つです。

1、やり方があっていない
2、変化の途中である。

1の場合は、そりゃいくらやってもアカンわね。
即改善の検討が必要。

そこは心理カウンセラーの問題だと思いますが。
これが2の場合はカウンセリングに限らず
あらゆることにあてはまるのではないでしょうか?

種子をまて、花が咲き、実をつけるまで
それ相応の時間がかかるように
また個々の特性によって結果が形になる時期は
違うのが当然だな。当たり前なんですよね。

カウンセリングをしていると
最初はその変化に気づきにくいですが
客観的にみると確実に変わっているので
それを時と場合によってフィードバック(事実を伝えること)すること

そして変化や成長はそういうものだと気づいてもらうような
関わるをするのもカウンセリングであります。

こちらから見ていると、カウンセリングを受けているからこそ
以前より悪い状態になっていないということが多々あります。

変わっていないように見えるけれど悪くなっていない、
これって着実な変化や成長です。

結果はそこにいたるまでのスピードと個性があり
またその過程こそ芯をつくる必要な時間がかかります。

何にせよすぐ結果がでるものは
逆に大丈夫かな?と思うなぁ。

小さなコツコツたんたんとが
未来の望む素敵な結果に繋がっていく。

私自身も3年前、5年前、10年前に
〇〇していたから今があり
または思わぬチャンスに恵まれた
なんてことに後々気づくことがあります。

その時の手軽さや即効性に飛びつかなくて
よかったなぁと思うことって
後にならないとわからないですね。

共にマイペースに歩みましょう。

◆選択的注意

たくさんの人がいて沢山の音が聞こえる中で
気になる人の声や話だけ耳に残ることを
カクテルパーティー効果といいます。

また人との会話で
言った、聞いてないとなる時。

言ったよね!

聞いてない

言ったでしょ!

聞いてないよ

これもカクテルパーティー効果の一例。
(我が家アルアル)

他にはメガネがないない、、、と探していたら
「そこにあるじゃん」と目の前にあったなど。

これも同例。(←わたし常習犯です)

自分が見ようとしたものや
注意を向けたものだけを
受けとることを選択的注意ともいいます。

同じ場面にいて同じ人や話をきいていたはずなのに
得られたことが違うのは
その人の注意が何に向いて
どこを選択したか?によるんですね。

人をうらやましく思ったり
自分はダメだなぁと落ちこんでしまう時。

根本は過去の経験や思い込みからくることが多いですが、
今ここで出来る対応として自分は何に注意を向けてるのか?

もし、うらやましく思う人がいたり
または誰かに憧れを抱く時、
相手は数ある選択肢の中から
何を選んでいるのか?何を選ぶだろう?

そこに注目してみてはいかがでしょうか。

◆主観VS事実

「あの子細くて可愛いよね」

むかし、知り合いが言いました。

当時体重を気にしていた私は
「それ嫌味?」とイラッとしました。

先日、検診で病院に行くと
父が待合に座っていました。

たまたま時間が一緒だったのです。

「やっぱ親子って繋がってるね。引き寄せたわ」
と嬉しくなりました。

体重の件、病院の件には共通があります。

どちらも「事実」ではなく「主観」で見ている点です。

事実→知り合いが「あの子細くて可愛い」と言った。
主観→それ嫌味?

事実→病院で父と会った
主観→親子って繋がってるね、引き寄せだわ

で、受け取り方によって
気分が上がったり下がったりしているのです。

人は見たいようにしか見ないと言われますが、
まさにそうですね。

だからといって
主観がダメというわけではありません。
↑これも主観ね(笑)

それぞれの見方があるからこそ
個性や価値観が生まれ
新たなものが創造されていきます。

良くも悪くも働くのが主観だな。

ただ、この主観(認知)が偏ると度を超えたストレスになり
脳の神経伝達物質に異常をきたしうつや心因性の病に繋がります。

健康か不健康に限らず
普段から「主観か、事実か?」に意識を向けることは
気分の安定を保つポイントだと思います。

自分をご機嫌にするか否かは主観しだい。

今、あなたが気になっていることは
事実?それとも主観でしょうか?

もし気分を下げる主観ならば
どんな風に見方を変えると(選ぶと)
気分は変わりそうですか?

◆想定外に心がざわつく時の対処法

想定外のことが起きると心がざわつきます。

たとえば仲のよい、信頼していた人が
自分の知らないところで悪く言ってたりとか。

今まで健康だと思っていたのに
検査にひっかかったとか。

あてにしていたものが
なくなっていたのに気づいたとか。

知らなきゃよかった、、と思っても
知ってしまったものは
ザワザワ、ワサワサ、モヤモヤ気分が落ちます。

そんな時なんで私が?
何がいけなかった?と責めにはいったり
または、〇〇さんや何々のせいと
自分以外を攻めたくなります。

また人によっては
どちらも、せめちゃいけない!!!と
正義をふくらまして行き場がなくなって
鬱々としてしまうことだってありますよね。

そんな時の応急処置。

まずは書き出してみてください。

そのまんま、ありのまんま、飾ることなく
言葉を選ばずあるがまま。

出来れば気持ちをいっぱい出してみて。
(私、すんごい口調で書きますから)

出すことは責めるor攻めるロープを
一時的に緩めてくれます。

事態は変わらなくても1ミリ、2ミリでも緩まると
負のループへ向かう矛先にストップをかけやすくなります。

そして、安心できる空間や場所、時間は何かな?
人だったら誰かな?と想像してみてください。

そしてゆったり緩めて休みながら
少しずつ少しずつ出してゆく。

出すは書き出すことや話すなど。

入れるよりも出すことを。

安心できる場と時間を選んで
話せるなら話す→出すをやってみてくださいね。

心身が緩まり安心して出した所には隙間ができ
よい方へ向かうエネルギーが湧いてきます。

◆戦略を立てなさい

父からの教えの一つに
「戦略を立てなさい」があります。

例えば、仕事の目標、
資格試験、人生で叶えたいこと
また困難に直面した時の抜け道など。

また父の言う「戦略」は必ずしも人と同じではなく
既存のルートややり方でもなく
オリジナルを生み出せということです。

先日、父の話をきいていて
これも戦略の1つ?ヒント?と思うことがありました。

父は大学の英文科を成績トップで卒業しているのですが
ある単位の授業に四苦八苦したそうです。

それは外国人の先生が、英語がネイティブレベルでできることを前提に
ハイスピードで講義をする授業でした。

授業は帰国子女や海外経験ありの生徒が有利でしたが
父はついてけず、同じ土俵で戦うには厳しかったそうです。

また、当時父は国や学校から奨学金をもらい
大学に通っていたため
家庭教師を受けたり、海外留学する余裕はありませんでした。

なんとかして授業についていきたい。
1番をとりたい…

当時の父は時間さえあれば
大学の図書館と近所の大型本屋に通い
片っ端から読んでいたそうです。

「ここに何かのヒントはないだろうか?」

そんなことを思っていたある日、かなり分厚く重く
一見一般の人が手にしないような
英語で書かれた専門書が目にとまったそうです。

それをパラパラとめくったところ

あ!ああああー!

講義とまったく同じ内容が書かれているではありませんか。

つまり先生の講義のテキストを
みつけちゃったってこと。

あっぱれ父!(笑)

授業はその本通りだったそうで
それを予習復習さえすれば
成績がトップになるのは間違いなかったそうで
結果はいわずもがな、、、

「お父さん誰にも言わんかった」と
65年たって私に言うてました(笑)

そんな父は幼い頃は裕福でしたが
6才で実父を失くし
そのすぐ後に戦争で何もかも失い
超貧乏で育ちました。

ですが、その環境や運命だったからこそ
戦略を立てる術や生きる知恵
そして努力で運を味方にする力を
身につけてきたんでしょうね。

父のいう「戦略」とは
必ずしも王道ではなく
人にならえだけではないということ。

様々なエピソードをきくたび
まだまだ父の足元にもの及ばないと思いますが
最近では失敗したり
思うよな結果を得られない時は
また新たなチャンスがきたと随分思えるようになりました。

またお父さんの教えは
カウンセリングの受容に役だっています。

もともと人は同じではないし
一緒じゃない

年老いた今、様々症状から
同じことを繰り返し話し、聞く日常ですが
その中から新鮮な発見もできるのは
お宝さがしのようでもあります。

さて、あらたな戦略をたてていきますか!