◆体調を崩すという構ってのサイン

うちの甥っ子の1人は小さい頃から
行事や旅行や外出の前、または最中に熱を出していました。

それは甥っ子の母、つまり私の妹も同じ。
幼いころから、何かイベントがあるたび
体調を崩すというサイクルでした。

長年、不思議でしたが心理学を学んでからは、
心理面の原因と仕組みで腑に落ちました。

心理面の見方でいうと
「本人が体調を崩すことを選択している」
という考え方です。

そんなワケない…と本人たちは思っていますが
こちらは、無意識レベルの話なので
紐といていくと思い当たるところが多々あります。

うちの両親は忙しくてゆっくり子どもに関わることができません・

幼い妹はそれを無意識にインプットしてきたのでしょう。

また、その妹の息子への対応は両親が下のとまったく同じ。
体をこわすと特別扱いで、そばにいて普段以上に受容するのです。

つまり
体調を崩す = 構ってもらえる = 承認される

これが手に入れたくて無意識に病気になることを
選択していたと考えられます。

もちろん人によっては、体や免疫力の強弱、生活スタイルなどもあり
全てのケースに当てはまるわけではありません。

ただ、同じパターンで繰り返している時は
本人が無意識に取り入れている人生パターンの可能性が高いです。

これ、仮病でなく実際に体をこわすので
周りの対応はどうしても「大丈夫?大丈夫?」と
普段以上に気にかけ腫れものに触るようにしてしまいがちです。

そうするとパターンがどんどん強化されていくので
本来は必要以上に構わない方が長い目で見ると
良い方向に向かう可能性があります。

今これをお読みの皆さんの中にも
身近な方や、またご自身が当てはまる方がいらっしゃるかもしれませんね。

そんな時は
1、構ってほしい心理に気づくこと
2、必要以上に心配しない
3、存在を無条件に需要し淡々と過ごす

お子さんであれば、家族で話し合って普段の関わりを見直したり
本人であれば、自分で自分にたっぷり愛情をあげるなど
自己肯定感をアップさせていくことがパターンからの脱却に繋がります。

またパターンに限らず体調崩す、病気になるというのも
自分のカラダや心、本質からのメッセージやサイン。

表面だけではなく内側に目をむけて
自分を愛するチャンスにしたいですね。

ちなみに、妹と甥っ子は
環境や人生の転機によりずいぶんパターンから抜け出しました。

◆学校や会社へいけない理由

学校へいけない、行きたくない子(登校拒否)に
理由を聞いても答えられない場合があります。

理由はこたえたくない。
伝え方がわからない。

そして本人も理由がわからない場合があります。

カウンセリング現場や知り合いから
登校拒否のご相談を受けることがありますが
近しい人であればあるほど(例:子どもの親や先生など)
また、初めての経験であればあるほど、
その理由を知りたいと思い本人に問いただしますが
現状は変わらないことが多いです。

特に本人も理由がわからないけれど
行きたくない、体が動けない場合に
問いただされると余計苦しくなります。

そして行けないから周りに心配かけていることが
焦りや不安になり追い打ちをかけ
心と行動が一致しなくなります。

意識には、意識と無意識があります。

意識全体が100ならば
無意識は9割以上と言われています。

意識は、行こう!と思うけれど
無意識は行きたくない!と思っていると
体が正直に反応します。

学生だけではありません。
社会人の仕事や会社も同じ。

仕事に限らず日常の場面でも同じ原理が働きます。

それが病気や怪我、
アクシデントに繋がることも珍しくありません。

心配なことや困ったこと、いつも出来ていたことが出来なくなったとき

理由探しをする前に
そうならざる得ない無意識の心があることを
思い出してみて下さい。

それは長年のキャリアある年季モノかもしれません。

そして、その無意識はわかってほしい、理解してほしい
と言葉にならない行動(いつものことが出来ない)で
メッセージを発しています。

身近な人であればあるほど、心配になると思いますが
まず無意識の理由があると心底理解する人がいると救われます。

事態はすぐに変わらなくても
言葉にならない理由を理解してもらえると
そこからどうしていきたいか、どうしていこうか、
本人が落ち着いて考える一歩になります。

本人もですが、身近な人も心痛めることがある時は
我慢せず、信頼できる方やカウンセラーにご相談くださいね。

◆母に抱きしめられる

昨年(2017年)は自分にとって転機や変化の年でした。
一番の大きな変化、それは母との関係です。

年末に母と甥っ子と3人でランチにいきました。
母はとても喜んでいました。

そして、その帰りに実家に少しだけ寄って
母の足をマッサージしました。

すると、その時母は私の頭をなでて
背中をさすってぴったりくっついてきたのです。

私は、母に抱き寄せられたような格好になりました。

半世紀近く生きてきていい年になった私ですが
ずっとずーっと一番ほしかったものは無条件の愛でした。

幼い頃、母との関係でそれを感じきれなかった私は
それを求めて自分を押し殺し、時に真逆で自分を誇示し
そんなことに気づかず穴があいたような心の空虚感を埋めようと
物質や行為に依存したり人の心のお世話をすることで自分の価値を図って生きていました。

30代の時、見た目はフツーでしたが8年の間心の病にかかり(今思うともっと以前からだったと思う)
それを機に心理学をイチから学び自分のために使うことをしてきた結果
長年の生きづらさは氷がとけるように徐々に少しずつ、ほんの少しずつ溶けていきました。

私は、母からもらったものは人生でとても大きな贈りものだったと思います。

それは、無条件の愛を自分の中で(自分が)つくりだせることです。

いや、自分がこの世に生まれた時に人を無条件に受け入れ愛する力を
持っていたことに気づかせてくれたことです。

もし両親との関係で私が一切のトラウマを抱かなければ
大人になってから感じた生きづらさは経験しなかったかもしれませんが
同時に、自らに備わる無条件の愛を自分の中に見つけにいく力も半減していたかもしれません。

母に無条件の愛を求めなくなって随分たちました。

でも、突然母から数十年ぶりに抱きしめられた時は
ただそれをもらう以上にうれしくて、しあわせで、
自分の中が平になっていくような宇宙にぽわんと受かんでいるような
懐かしくしあわせな感覚を得ました。

お母さん、ありがとう。

そして私にありがとう。

もちろんお父さんもきょうだいも今の家族も、今まで出会ってきた人

これから出会っていく人も全てがギフト。

なかなか素直に受けとれない癖のあるギフトもあるんですけどね(笑)
それはそれで生きてる証。

ゆっくり焦らず受け取り紐解いていきたいなぁと思っています。

なら結びではアダルトチルドレンの回復講座をマンツーマンで開講しています。

以前、心理カウンセラーを養成する学院で講師をしていた時は
一対多数で講座をしていましたが
今の私はマンツーマンでカウンセリングのようにやっています。

講座は5回ですが本当に変化を感じるのは年単位かかると思います。

なぜなら私や誰かに何かをしてもらうのではなく自分で自分を愛し
自ら湧き出る無条件の愛を自身で感じることは自分でしか出来ないからです。

でも必ずできる。

どんな環境や親子関係で育ってどんなに心は傷ついても、
あなた本来の魂は傷つくことはない。

私はそう信じて疑いません。

アダルトチルドレン回復講座は自分のことをより知り
自分の中にいる理想の親(インナーアダルト)を育てる講座です。

いわば、自分育ては子育てと同じで無条件の愛をもった
内側の大人(アダルト)を育てる講座です。

だから夢がある講座!
子育ては夢育て。

なりたいように望むように人がもつ
本来の自由に生きる力を回復するための講座です。

親愛なる母や、私
そしてこれを読んでくださっている皆さまへ。
愛をこめて。

◆ズルイ人に反応する私は、ズルイ人!

いい人ぶる。

本当はうまくいっていないのに
最もらしい理由をつけて正当化した行動をする。

自分に自信がないから人の言葉や人の在り方を真似て
それが自分発信のようにふるまう。

都合よく隠す。

そんな人を目にすると嫌悪感を抱きます。

最近、そんな嫌悪感がくっついてなかなか取れずモヤモヤしていました。
なぜ反応するのだろう?

➡それは、良きにしろ悪きにしろ自分に反応する要素があるから!
と、わかるだけに、知っているだけにモヤモヤは大きくなる一方でした。

今日もうこれ以上膨らますのは嫌だと友だちに聞いてもらいました。

「なんでそんなに反応するのか?」
理由はわかっています。

いくつかある中で思い出せる1番過去の要因は
小さい頃のきょうだいと親子関係の経験でした。

チビ結香5才。
妹、3才。
弟、1才。

弟が生まれたばかりで、介護のおばあちゃんも同居していて
父は単身赴任だった当時は母はテンテコ舞いでした。

私は、そんな母を助けようといつも明るく振舞っていましたが
やることやること裏目に出て、母にとってはイライラすることが多く
私だけ、いつもものすごく怒られていました。

それに比べて弟は目にいれても痛くないくらいの可愛がりよう。

待望の男の子ってこともあり、また赤ちゃんだったこともあって
それはもう可愛がられました。

こんなにまっすぐやってるのに、こんなに明るくしているのに
こんなに怒られてもがまんしてるのに、弟だけ可愛いがられる!ズルイ!

そう思ったチビ結香は弟を一時期、陰でイジメていました。

例えば、庭の隅っこに連れていって誰も見てないところでツネる。
外で遊ぶ時、わからんように仲間外れにする。
そして、両親の前ではいい子ぶる。

陰湿でした。
私がズルイ人や、自分のズルさに反応するのは年季ものです。
そして、これだけじゃない。

家族以外でも色んなズルさを身につけてきました。

また、逆にそれが嫌で極端にまっすぐな自分を築いてきたのも本当。

自分のズルさやいい人ぶる要素が他者に見える時
特に、それを自分で認めようとしない時嫌悪感は膨らみますね。

今回、たまたまメールでやりとりしていた信頼できる友人に
思いきってあるがまま言ってみました。
ひとしきり電話で話した後のメールのやりとり。

「ゆかぽんさんが腹黒くても嫌いにならへんよー‼︎」

なんか、つっかかっていたものがポロッとおちました。

嫌なもんは嫌!
それをハッキリ口に出して受け止めてもらって
自分で受け止めてズルイ自分をオッケーにしてすっきりしました。

表も裏も自分。
今日は、いい人をひとつやめれた!
聞いてくれてありがとう!

これからの時代なんでも機械化で更にオートマチックになっていきます。
でも、傾聴だけはロボットに出来ない!
そう思った一日でした。

カウンセラーである前に、人。
そしてカウンセラーという役割を選択してる私も自分自身。

どちらにせよ、あるがまま認めて生きていきたいと思います。
楽しく、ね♪

◆テキトーに話をきいている部分

仕事がら、相談者の話をしっかり聴くことはマストなわけですが
本当のところテキトーに聞いている時もあります。

テキトーにきき流している部分には、ちゃんと理由があります。
それはその部分が心理カウンセリングの効果において重要度が低いからです。

人の話しは、大きくわけると外側と内側の話しにわけることができます。

外側とは、体験や出来事
内側とは、考え(思考)、気持ち(感情)、体感覚

人によっては内側を全く話さず、外側ばかりお話しされる方がいらっしゃいますが
心の良い変化を望むのであれば内側と繋がり、内側に気づきを深めていくことが必要になります。

それは、過去の経験から生きづらさを感じている方も
また、自分の能力開発で願望達成を叶えたい方も同じです。

カウンセリングに来られる方で最初は外側のことばかり
また、人のことばかり話される方もいらっしゃいますが回数をかさねると
内側に目をむけ自ずと外への見方や行動が変わっていかれます。

だからといって外側(出来事)をないがしろにするわけではありません。

また、ああいえばこういう的にみえるかもしれませんが
私のテキトーとは「適度に」というテキトーです。

例えば、外の出来事ばかりお話しされている方は
同じ話しでの堂々めぐりか話しが長く止まらないことが多いので
ある程度その出来事を伺います。

ただその場合でも私は出来事は深刻にきかずこの出来事を
延々と話しされるくらいの「気持ち」があるんやなぁ
ためこんではるんやなぁ

と、それを話しされる方の気持ちを感じながら(受容)聴いています。

そうするとある程度、出しきったら心にゆとりができて
私がその話しをまとめ返したり要約したり、内側への質問をしてもすんなり受け入れてくださいます。

内側も外側も、私たちが生きる上でどちらも大切なアイテムですが

体験→考え→気持ち→行動→体験→続く

と循環し、気づきが深まり本人のこたえや叡智を発揮していけるよう
心理カウンセリングではお手伝いしています。

カウンセリングの視点で書きましたが、自分と対話される時も
出来事(体験)→考え→気持ち→行動→出来事(体験)→考え→気持ち→行動→続く‥‥。
と深めていくと自分の心を整理しやすいです。

ややこしい方はまず、外側と内側にわけて
自分の今抱えているものを見ることがいいと思います。