◆苦しみを楽しみに変える力

私が人生で1番太っていた時期は
高校3年の部活引退の夏から卒業間近の冬まででした。

それ以前もコロコロしていましたが
日焼けしていたのと、よく動いていたのでマシでした。

これはアカン!と思ったキッカケは

好きな人ができたから、、、
失恋したから、、、

ではなく

卒業前のある日、前から歩いてきた友達に
「よっ!」と手を挙げた瞬間
ブチッという音とともに制服の脇が破れて穴があいた時でした。

まずい!
卒業式まで、この制服着やなアカンのに。

今思えば「そこ??」ですが(笑)
ブチッと穴が空いたことでスイッチが入りダイエットを決意しました。

当時の私が試みた方法は
朝と夜は好きなものを好きなだけ食べて
夜は一切食べない!そして動くというものでした。

このやり方がいいのかはさておき
結果どうなったかというと
当時60キロあった体重が4ヶ月で49キロになりました。
びっくりマイナス11キロです。

人生初の大きな達成感でした。

それまでにも何度かダイエットをしましたが続かなかった。
何が違うんやろう??

振り返ると、その時は苦しみを楽しみに変える力が
最大限に発揮できたのだと思います。

ダイエットに限りませんが、願望実現に向けて何かを目指す時
何かしらの苦しみやスランプ、壁が幾度となく訪れます。

ダイエットで言えば、夜の空腹に耐えられなくなったり
なかなか落ちない体重にイライラしたり
ある程度でいっかと諦めかけたり
何より食べたいものを我慢するのは
不快であり、苦痛であり、苦行なわけです。

ただ、その時の自分は明らかに苦しみにのまれなかった。

それが、ダイエットをした後に手に入れる喜びが鮮明にイメージでき
苦しみより喜びの期待の方が高まっていったのです。

ダイエットが成功したら
・体が軽くなる
・着たい服が着れる
・自信になる

とこれだけではまだ不十分。

上記が手に入ることでどうなる??と
更にその先をふくらませていきました。

・新しい恋をする
・振られた人に後悔させる(笑)
・大学生活で新たなチャレンジをする為どんどん外に出ていく
・1人旅をする

など達成したらどうなるかを
連鎖してストーリー仕立てにしていったのです。

モテたかったんですね(笑)
痩せたら本当に一時期モテたので
その点では本当は失恋がきっかえで振ってくれた人に感謝です。

要は達成したらどうなるか
どうしたいかのワクワク度をより大きく抱けるか?
そこがポイントだと思います。

最近では、何でもかんでも苦しいことは嫌煙され
楽しいことだけすれば願望が叶う!と言われたりします。

もちろん楽しくてラクにこしたことはありません。

でも、苦しみを楽しみに変える力が働く願望実現は
大きな喜びと感動と何より自信という自分の絆が深まる
奇跡であることを改めて感じる今日この頃です。

カウンセリングやマンツーマン講座をしていて
本人にとっては、これまでの思考や生き方を見直すことや
依存をやめることは、とても辛く苦しいことが多々あります。

また人によっては時間がかかることもあり、持続力も問われます。

そんな時だからこそ、苦しみを楽しみに変える力が育つよう
サポートしていきたい。

私の過去のダイエットや失恋の話はさておき。。。

何のため?誰のため?
あなたの願望が実現しますように。

◆(特に)講師やセラピストに知ってほしい!2つの依存症

依存症には、大きくわけると2つの種類があります。

1つは、物や行為への依存症。
例えば、アルコール、嗜好品、薬物、
過剰な趣味、仕事依存、買い物依存症などです。

こちらは見た目にわかりやすいですね。

もう1つは、人への依存です。

他者のお世話、必要以上の心配や応援、
あなたの為に、あなただから、、、というこだわりや執着など。

こちらは、とてもわかりにくいです。
なぜなら、思いやりや優しさ、愛情と混同してしまいやすいからです。

また、道徳観や人の為に役立つことが
良いことだと育ってきているからです。

人依存の人は、人に対して常に上下があります。
決して体育会系の上下ばかりではありません。

とても穏やかな、見た目わかりにくい上下が特にクセモノです。
私がなんとかしてあげなきゃ、とか
なにかしてもらおう、とか
なぜ私には〇〇してくれないんだろう?〇〇してきたのに、、など。

また、人依存の人は「世話する人」と「世話される側」を行ったりきたりし
人の言動や行動によって落ち込みや愚痴など浮き沈みがあります。

そして、それを隠すように
また、自分より弱い立場の人や困っている人の
心配をしたりお世話をしたり気にしたりするのです。

なので、自分が何ものか、何がしたいのか、
わからなくなってしまう方が多いです。

それは、自分が何をしたいかがわからないのではなく
常に自分以外に目が向いていることを気づいていないからです。

人は、基本自分のことしかできません。

私がどれだけ喉が渇いたからと言って
あなたが変わりに水を飲んでも私の喉が潤わないのと同じこと。

特に、私のように講師や心理カウンセラー、セラピストなど
人の援助に関わる仕事をしている人は
人依存と援助の違いを知っておくことが大事だと思います。

私も常に気をつけたいと意識し振り替えるようにしています。

また、他者の依存から来る投げかけをノーと言える自分でいたいと思います。
それが相手の為でもありますから。

自分のことをしっかり自分でできてこそ
初めて人の何かの役にたてるかもしれない。

・・・・そんな想いで、講師やカウンセラーをやっています。

人への依存のことを『共依存』といいます。

依存症も、共依存賞も程度は何であれ
その要素が全くない方はいません。

また、共依存の人は必要な時に
人に頼ることが出来ないのも特徴です。

気付いているか、いないか。

また、知らない、気づかないと自分の可能性を自分でとめていたり
人によかれと思ってやっていることが逆効果だったりします。

一生懸命やっているけれど
いつも満たされない思いがあるかもしれません。

根本は無意識の自己肯定感の低さや、不安、心配、恐怖からきています。

共依存に気づいたら、
まず自分にたっぷり愛情をそそぐこと。

その注ぎ方を学ぶこと。

そして、私もまた、自分を省みるように続けていきたいと思います。

◆叱られ上手

仕事でミスをした。
お客さんから苦情がきた。
上司や、先方から叱られる。

叱られるって嫌ですよね。

・うっかりミス
・故意でなくてとも先方に迷惑をかけてしまった
・努力しても、なかなかうまく出来ず同じ繰り返し

仕事だと、上司やお客様から
お叱りを受けるという方もいらっしゃると思います。

私の過去の上司は頭ごなしに叱る方は少なく
「あかんことはあかん!」と言われるものの
なぜそうしたのか?何が原因かを考えさせて下さる方が多いでした。

が、、、やはり凹みます。

あぁ、やってしまった、と。
落ち込みますよね。

そういえば、昔の同僚は「叱られ上手」な人でした。

会社の部署で事務や受付もしていた人だったのですが
こちらの不手際でお客さまから苦情がきた場合
すぐさま相手の立場を考えて心から詫びるなり、対処をする人でした。

あぁ、やってしまった、、、と自分を責め内にこもり
落ち込むのは二の次なのです。

そして、素直。
なので上司からもお客様からも可愛がられていました。

「叱られ上手」な人は自分が、自分が、ではない人だなぁと
その方を見ていて思いました。

叱られることだけに限らず
何度も同じ失敗をして進歩がない時にも
同じことが言えるかもしれません。

が、自分が出来ているかというと、まだまだだなぁ。

また逆の立場もよく考えます。
叱る側。

これも、自分が自分が、では相手が自信喪失になったり
やる気をなくす関わりになりますね。

何のための「叱る、叱られ」なのか
どちら側に立ったとしても、よく考えたいですね。

◆嫌がられる愚痴と許される愚痴

誰でも、愚痴りたい時や愚痴る時がありますね。

ずーっと溜め込んでいるのはよくないと思います。
(心や体のストレス=不調に繋がる)

だから、誰かにきいてもらう
話す、吐き出すは必要だと思います。

私は、愚痴には2種類あると思っています。

嫌がられる愚痴と許される愚痴

嫌がられる愚痴は
・時間が長い
・空気を読まない
・毎回同じ話の繰り返し
・質問しておいて人の話を聞かない
・「でも」ばかり言う

一方で、許される愚痴は
・短時間
・言っているうちに良い方向へ向く
・人ばかりではなく自分に目がいく
・聞いてくれた相手に感謝を伝える
・ひとしきり言ったら聞き役にも話をふる

「嫌がられる愚痴」は嫌われたり、煙たがられますが
「許される愚痴」はお互い様と思えます。

そうはいっても、なかなか止まらない愚痴があって
苦しい、しんどい。
または、まわりに言える人がいない。
という方はカウンセリングをご利用くださいね。

また、人からよく相談を受ける、愚痴を聞くけれど
上手く距離が取れずにしんどくなる、、、
そんな方はコミュニケーション講座がオススメです。

◆対等なお付き合い

仕事やプライベートと、色んな方と繋がりがありお世話になっています。

中には、もともとプライベートで友人だったり親しくしていたけれど
カウンセリングや講座に来て下さる方もいらっしゃいます。

そんな時、普段を知っていると
なかなか境界がつきにくいのではないか?と過去に考えたことがありました。

仕事とプライベート
もっと距離を置いた方がいいいか?

仕事の時は、すべて敬語にするとか?

まぁ、色々考え試したこともありました。

今は、表面的にどうするかではなく
自分の中で基準をもって接するようにしています。

その根本にあるのは、対等性です。

対等性とは
〇〇してもらったか、〇〇を返す
〇〇してもらったから、特別に〇〇しなくちゃ

という『どちらかに弱みや引け目がない関係』を普段から意識することです。

これは、仕事であっても、プライベートであっても同じように意識しています。
友人や家族に対してもです。

だからいくら普段仲良くても関係よっては
『これ仕事だから』と線引きします。

もちろん、〇〇してもらった感謝やご恩は忘れてないし
出来れば本人に返して喜んでもらいたいし
なにかあれば力になりたい!助けたい!と気持ちが動きますが
同じように返せないこともあります

それは、仕方がないこと。
なので、そんな時は、してもらったことを
また違う誰かに恩返しすればいいと思っています。
回り回りますもんね。

また、仕事だとお金を頂くので
普段親しかろうが、そうでなかろうが
きっちりサービスとして恩返しするということは
当たり前っちゃ、当たり前ですね。

対等性は、どんな立場や間柄でも
心に特別な弱みや引け目がない関係のこと。

基準があると、たとえ相手に受け入れてもらえなくても
人を大事に、自分を強くできます。