◆人は間違いを指摘されても、なかなか変われない

間違いを指摘された時
それが、どんなに正しくても素直に聴けないことがあります。

それは伝え方や言い方に責められている、と感じるか感じないか。

つまり評価や批判を感じるか感じないか。
上から言われているような気がするかしないか。
それが溜まりに溜まってきたら、なおさら聞けないことがあります。

私は長い間、自己肯定感がとても低く
他人の目が気になり、人に褒められるように
認めてもらえるように生きてきました。

それに気づいてショックだったけれど
それを変えようと思ったのは
正しいか間違っているかではなく評価のない人の愛でした。

私に気づかせてくれたその人は私を責めなかった。
その代わり、私をまず信じてくれた。

あなたは間違っている
早く気づきなさいよ
何回言えばわかるの?

とは言わなかった。

その人が私にくれた言葉は
「今までのやり方が例え間違っていたとしても
それが、あなたを守ってきてくれたのね」

涙が止まりませんでした。

私は変わりたい!
新しい生き方で生きていきたい!

心からそう思えました。

私のことを信じてくれていることが
先に伝わったと感じたんです。

間違いを正す以前に
私を受けとめ信頼してくれたんです。

自分を満たすためにやってきたことが
例え偽善であったとしても
今までのやり方に感謝だね、と。

やり方がまずくても決して裁いたりしない。
それが出来るのは、強く大きな愛がなければできないことだと思う。

温かかったなぁ。

信じているよ
信じているよ
信じているよ

そんな無言のメッセージを受け取りました。

私の今の心の柱に自己信頼が築けたのは
恩師の大きな、条件なし(無条件)の愛です。

一生忘れません。

◆依存と共存は紙一重

依存。

いきなりですが
依存を大きく分けると2つにわかれます。

1つは「物や行為への依存」
1つは「人への依存」です。

そして「人への依存」は2つのタイプにわかれます。

(1)人に何かとお世話をしてもらう
(2)人をお世話する

え? (2)も依存なの?

はい。そうです。

「人をお世話する」というのも内容や状況によって依存が多いです。
そして、それを依存関係だと気づかずにやっている場合が多いです。

・相手のことが気になりお世話せずにいられない
・頼まれていないのに先回りをして手をやく
・私がいないと!と思う
・自分のことを後回しにして人を、自分が出来ていなくても
 同じように出来ていない人を応援したり、お世話をしたりする。
・人に頼れない、任せられない。なんでも自分でしようとする

当てはまっている!と思う時
良かれと思ってやっているのになかなかわかりあえない、虚しい
または人とギクシャクする、なぜこじれたかわからない、、、しんどいですよね。

私は長い間「依存」で人と繋がっていました。
それが良かれと思ってやっていました。

自分をおいてでも相手の為にすることを応援すること、
人との仲を取り持つことなどが愛や優しさだと思っていました。

そして分かり合えないと泥沼化に発展することもあります。

つまり「依存」と「共存」は紙一重。
しかも無意識なので、なかなか「依存関係」には気づきにくいものです。

最初は心地よさを感じますが、依存になり関係が続くと
多大に傷のかばい合いになり内輪だけの仲間意識だったり
逆にライバル心に発展する場合もあります。

特に、講師や教師、セラピストさんなど
人の成長に関わる人に紙一重の「依存」が見られることがあります。

私も長年の癖が出る時があり、ハッとして引き戻します。
そんなときは冷たいと思われても線を引くことをします。

しかしながら、依存がない人はいない。
それこそ、完璧はない。

人それぞれの愛や思いやりの表し方は違って当然でもあります。

 

◆人の目が気にならなくなる方法

「人の目が気になります」というお悩みを聞くことがよくあります。

大なり小なり、人目は気になるものですが、、、。

初めての場や、大勢ならまだしも
特に親しい人や知り合いにどう思われているか?が
常に気になって窮屈、しんどいという方がいらっしゃいます。

実は、私も長い間そうでした。
それを隠すために明るく振舞ってみせたり
人に合わせて、つじつま合わせをしてみたり
仕事だと逆に楽だったり。

人目が気になるのは過去の原因があります。

多くの場合が、過去の人間関係(特に親や家族)の影響が起因しています。

だからと言って、それがわかったところで、なかなか変われるものでもない。
心や体がついていかない。
じゃあ、どうする??

まず意識的に自分の体と心に目を向けるようにします。

息をゆっくり丁寧に細く長く吐いてみましょう。
副交感神経にスイッチを入れて全身を緩めます。

そして次に、自分で自分の内側に耳を傾けてみます。

今どこで何を感じている?
体の感覚はどんな感じ?
何が言いたい?

そんな風に、自分に聴いてみて下さい。

人目が気になる時は人が主体になっています。
自分のハンドルを手放している状態です。

無意識にハンドルを人にゆだねて
自分の心と体を置いてきぼりにしています。

もし、その場が何か話さなければならない場なら
焦らずゆっくり、自分の声を自分で聞きながら話をしてみましょう。

人のことばかりみて気にしてきたら
自分のことがよくわからなくなるのは自然です。

長年の癖は、すぐには変わらないかもしれませんが
自分に目を向け対話を繰り返すことで人目が気にならなくなっていきます。

◆自己愛の障害

人が80点とったら「すごい!」と思うのに
自分が80点とっても「自分なんてまだまだ」
「それくらい当たり前」と思ってしまう。

人が頑張っているのを見ると「偉いな」と思うのに
自分が同じ頑張りをしても「別にこれくらい」と思ってしまう。

何をやっても自分は「まだまだ」
一方で人は「すごい」「出来ている」と思う。

あぁ、生きづらい、息ぐるしい・・周りばかりよく見えてくる。

こんな心の状態を「自己愛の障害」と言います。

心理学で適切な高さの自己評価ができない。
自分を適切に愛することが困難な状態のことをいいます。

この状態を回復するには→自分を愛すること。

心理カウンセリングでは、人や状態にあわせて
自分を愛するメニューを組み立て経緯をみていくことがあります。

ただ、長らく自分より人目を気にしていた人が
急に「自分のことを大事に」「自由に」「自分を愛して」、、、
って言われてもハードル高いです。

そもそも、自分を愛するとか大事にする意味がわからないし
実感できていないのに「さぁ、今日から好きなようにー!」って言われたら
とまどうのは当たり前。段階って大事。

心理カウンセラーは、その人のバックグランドや
今の状態をみて、クライアントが自分に目をむけるところから
メニューを組み立てます。(これも人によって違うけれど)

この時、やっちゃいけないのは「私の場合はね」とか
「私もそうだったからね」と自分基準でクライアントを測らないことです。

それは、それです。

自分の経験は大事ですが
それで測るのは、むしろ危険!

そのために、理論や知識を勉強しているんですよね。
頭デッカチになるために勉強するのではなく
人それぞれの違いを見極めて正しく使うためです。

さて、心理カウンセリングではなく日常でも「自己愛」を豊かに育む方法。
いくつかある中の1つを紹介します。

それは、最低1日1回、自分を振り返ってみること。
そして今日何が出来てもできなくても
自分に「ありがとう」と声をかけてあげてみることです。

最初が心から言えなくても言い続けていると本物になります。

ありがとうは愛。
自分にたっぷり、優しさと労りを。

◆特定のことで囚われてしんどくなる時の対処法

ある特定のこと(人や出来事)が気になり
気力が下がる時があります。

テレビで言うと、チャンネルは1つではないのに
わざわざ見に行き、気がつくと結構な時間が過ぎて
「あぁ~しんど」となってしまうパターンと似ています。

結局、自分で特定の人や出来事(チャンネル)や
周波数にあわせているんですよね。

そんな時は、私は一時的に2つのことを意識します。

【1】チャンネルをあわせない。→ずらすか、切る(イメージ)

【2】気分や気持ちが上がるものに意識をあわせる

要は意識的に離れます。

だからといって、
それは根本解決にはなっていません。

根本解決にはならないので、そのまま放置すると
また気になりウダウダ考え囚われる可能性大です。

なので、一時的に【1】と【2】をやって囚われが落ち着いたら
そこを紐解きます。

なぜ反応するのか?
本当はどうしたいのか?

自分の内に聴いてみます。

そうすると思わぬことに気づいたり
今、必要な行動がひらめくことがあります。

特定のことが気になって気が落ちるときは、
一時的に離れて気分の良いものに意識を向ける!

落ち着いたら根本を紐解きましょう。