◆親子衝突パターン

「結香どうしてるんや?
渡したいものあるから今日か明日来えへんか?」

ある日の昼間、
実家の親から連絡がありました。

ここ数日、電話もせず
様子を見にも行っていませんでした。

あることで親と私の考えが大きく違い
「それはちゃうやろ」と相容れず距離をおいていました。
具体的に書けずわかりづらくすみません。

考えの違いといえばそれまでですが
今回は親の体にかかわることだったので
なかなか「うん」と言えない一件でした。

そろそろくるで、、くるでくるで〜
と、思っていたら案の定‥連絡

きたきた!

50年親子やっていますが
こういうのはパターン化されていて
そこに気づいたのは約10年ほど前‥
心理学のおかげです。

くいちがう、けんかをして親がバツ悪い場合は
大概2つのどちらかでコンタクトをとってきます。

1、具合が悪くなる(親)
2、子どもが喜びそうなものを用意して呼ばれる

今回は2だね
(めちゃ嫌なもんかもしれへんけど)

で、結局本題はうやむやになるか
もしくは私がダメでしょとなるのがオチとなります。

ですがそれって結局解決にならずコトによると
後から問題が複雑になることもあるんですよね。

またそうやって(病気など)相手を
暗にコントロールしようと無意識が働くのだと思います。

なのでここ数年は具合が悪くなっても、
何かモノで呼ばれても、それはそれ、これはこれ
で、どうする?と考え接するようになりました。

なので必要以上に心配せず
気にかけるを心がけています。

もしくはもらうもんもらっても
それでチャラにしない、、とかさ
(悪いやつ(笑))

そうすることで後味悪くなるのは随分軽減し
本題をスルーすることも減りました。

とはいえそれは私側のことで
相手は変わりませんし(やり方も関わり方も)
結局、平行線であることも多いですが
でもこんな風にやりとりできるのも
それはそれで有り難いことだと今年は特に感じます。

どんな裏面交流やパターンがあろうと
親が元気で少しでも長生きしてくれたらいいな、、

それはそれ、これはこれと軸をもち
なんらかの合意点を探りたいです。

◆あなたの学習の転移は、なあに?

夏は暑くて外でスポーツするのは考えられないですが
涼しくなっていろいろ落ちついたら
久しぶりにバドミントンやりたいなぁ〜
と思う今日この頃です。

好きなんですよね
バドミントン。

で、これが結構上手なの!(自分で言うか)
でもほんと、そこそこ上手くて(まだ言う)
それは何故なのか、、、?

あまり考えたことはなかったのですが
先日心理学のあるワードを目にした時に
「これや!」と思いました。

それは『学習の転移』です。

バドミントンに限らずですが
初めてやるのに上手くできたり
すぐコツがつかめたり
習得が早いことってないですか?

それにはもともとの器用さやセンス、相性もありますが
それ以外には「学習の転移」が働いている場合が考えられます。

学習の転移とは「以前学習(経験)したことが
初めてする学習(経験)に生かされること」です。

自称バドミントンが上手いとのたまう私は
昔テニスをやってたことが
学習の転移に繋がっているんじゃないかな?

もちろん、テニスとバドミントンは
ラケットや、打つ対象も違いますが
テニスで身につけた感覚やバランスなどが
その他のラケットスポーツに生かされていると考えられます。

時々「私なんて得意なことや特技も取り柄もないですから‥」

→ だから、たいしたことない
→ だから〇〇できない
→ だから今さら〜

などと聞くことがありますが

学習の転移があるじゃん!と思います。

得意なことがないように見えるのは
「学習の転移」の対象に気づいていないだけ

または出逢っていないだけで
「自分にはない」と思いこんでるだけ、かもよ。

学習の転移は経験そのものが材料なので
これまでの人生で経験がない人なんていないもんね。

そう思うと、人も自分も
また年齢を重ねれば重ねるほど
どんな「学習の転移」に出逢えるか?
ちょっとワクワクします。

カウンセリングでも学習の転移をみつけ
それが作動することで良くなっていくことは
とても自然ですし。

というわけでバドミントンのスマッシュがテニス打ちー!
そして卓球やってもテニス打ちー!

で、コートにボールが入らず
いつもボロ負け‼︎ぐやじぃ!!の、水崎でした。

◆ヤモリ相手に暴露療法を試みる!

爬虫類が苦手です。

ある日、家に1人でいる時
トイレに入るとヤモリがいました。

ぎゃぁぁぁぁ〜!
叫びましたが誰もいません。

とりあえず2階のトイレに行って
気持ちを落ちつかせました。

ヤモリといっても5センチほどの赤ちゃん
そんな子相手に騒いでる自分が滑稽ですが
やはり嫌なものはイヤ
苦手なものは苦手、怖いものは怖い。

でも克服したい‼︎

家族いわくトイレの小窓か壁のわずかな隙間から
入ってくるんじゃないかということですが…

以前出た時はそっと捕まえてもらい
逃してもらったものの今回は誰もいません。

しばらくトイレの前で考えました。

これは克服するチャンスかもしれん!
やってみる?どうする?‥

やってみよう!決めました。
使うのは心理学の技法です。

選んだのは行動療法の中の暴露療法。

行動療法にも色々ありますが
暴露療法は不安や恐怖に対してあえて避けていることの
1番怖いこと、出来ないことをやり
その恐怖や不安度を一気に軽減させる
いわば荒治療ですが効果はとても高い技法です。

つまり私にとってはヤモリを自分で捕まえて
外へ逃すという1番やりたくないことをしようと‥。

とは言っても相手は5センチの赤ちゃんヤモリ‥
んな大袈裟な!と思われるかもしれませんが
本人にとっては恐怖であり
これと同じように対象は違えど不安症や強迫症に悩む方は
他者にとってとるに足らないことでも苦痛でしかないのです。

今回やろうと思ったのは普段カウンセリングで
そのような方に接する時により共感したい
そして援助する側として
自分がその行程を再度経験しよう!と思ったからです。

まさに体をはった心理研修!
相手は5センチのヤモリですけど。

やるぞーと決めて
まずそっとトイレのドアを開けてみました。

いたっ!

意を決してドキマギしながら手を伸ばします。

スルスルスルスルスルスル〜逃げ足早っ!
あっと言う間に天井にはりついてしまいました。

これ落ちてきたらどうするよ
更なる恐怖、想像につつまれます。

でも、、、がんばれ!私!チャンスだぞ
とりあえずヤモリちゃんに
下に降りてもらわねばなりません。

そこでトイレットペーパーを丸めて投げることにしました。
(他のものだったら当たりがキツく死んだらアカンから)

と、これがまったく当たらんっ!
そして微動だにしないヤモリちゃんに汗だくになり
もう疲れきってしまいました。

このままじゃ熱中症になっちゃうよ
というわけで休戦。

で、その後ですね
再びトイレの中を見にいくといなくなってました。

なんとも歯切れの悪い結末
結局、克服できず持ち越しとなりました。

でも体験から得たこと
わかったことといえば2つ。

1、克服する時にかなりのエネルギーがいる
(人によってこんなことくらいと対象は比べられない)

2、克服しようと決めてトライしたことで恐怖が倍増しなかった。
(次やるって決めてるから)

恐怖や不安からくる行動は避ければ避けるほど
また保証や安心があればあるほど
その症状はより酷くなると言われます。

暴露のやり方は、気持ちをくんだり原因探しをやらないことが前提で
そこに効果があるので人によっては勇気のいるキツイやり方ですが
時と場合によりそれをしっかりサポートできる援助者でありたいと
あらためて思いました!

と、まあヤモリ相手に暴露療法を試みる。
そもそもヤモリは家を守り害虫を食べてくれる
ほんとはイイヤツ。

スピリチュアル的には幸運、金運アップの意味があるとか(ほんと?)

ティッシュをなげて四苦八苦しましたが
この先これを克服できたら自分にとって本当の意味で
ヤモリ=幸運になるかな

期待しています♪

◆気持ちを汲んじゃいけないカウンセリング

「その場合は気持ちを汲んじゃいけないよ!」

以前、自分のカウンセリングケースを
経験や技量豊かな心理専門家に
事例検討してもらった時言われたことがありました。

カウンセリングの土台は
「相談者の気持ちを汲むこと」であり
それまで基本そうしてきただけに
アカン!と言われ驚きましたが
その後の指摘で納得しました。

要は、気持ちを汲むことで
その症状を助長させることがあるからです。

例えば、強迫症で無意味だとわかりながら
同じ行動を繰り返してしまう人がいる時。

本人はやめたい!と思いつつも辞めるための
具体的な治療や行動がこわくて、
なかなかそれに取り組めれない場合があったとします。

そんな時に、カウンセリングの
基本は「気持ちを汲む」からといって

「そうですか〜怖いですよね」と繰り返し繰り返し汲んでいたら、
そのやりとり自体が不安や恐怖を回避するための繰り返し行動になり、
更に他の強迫行動が強化されることになってしまいかねません。

このような例に限らず一見、
カウンセリングの基本とされている「受容」「共感」「気持ちを汲む」の関わり方が
逆によくなるはずのものに魔をさしてしまうケースもあるのです。

強迫症はあくまで例ですがカウンセリングを受けても
その症状が以前とまーったく変わらない
もしくは酷くなってる??場合は
カウンセラーの関わり方が影響していることもありえます。

こわ、、、。

相手の今を現状を、受容するからこそ
「気持ちを汲まない時もある」!

冷たいなぁ〜このカウンセラー!と思えても、
それは必要な関わりだからこその場合もあること。

日々、勉強、ですね♡

◆恐怖に追っかけられる「恐怖」

ある日の夕方たたきつけるような雨が降り
体に響くほどの雷の音が鳴りました。

カウンセリング中だったのですが
強烈なピンクの光のすぐ後に
ピシャッ!ドッカーンと爆音がなり…

落ちついていらっしゃる
クライアントさんの前でビビりまくり
、、、すみません。

久しぶりに体が直に反応する「恐怖」を体感しました。
(災害にならなくてよかったです)

ところで「恐怖」という感情
この感情は大きく2つにわけられると思います。

一つは「直接的恐怖」
もう一つは「間接的恐怖」です。

今回の雷のように突然遭遇する体験から湧く恐怖は
「直接的恐怖」ですね。

今ここで体験 → 恐怖という構図。

他には車運転中飛び出してきた人にヒヤッとするなどが、
それにあたると思います。

一方の「間接的恐怖」は
私的には2種あると思っています。

(1) トラウマの恐怖
(2) 防衛の恐怖

(1)トラウマの恐怖とは過去に体験したことが元になり
今ここで過去の感情の再体験をする「恐怖」です。

例えば、昔パワハラに会い体調を崩して会社を辞めた人が
今はその会社にいなくとも
当時関わった人によく似た風貌の人を見るだけで
恐怖がわいたり体が反応するのはトラウマの恐怖です。

そして、(2) 防衛の恐怖は
自分にとって不都合なこと、
恥ずかしいことをごまかしたり
逃げたりしていることを隠していて
それが人にバレないか?に恐怖を抱き
裏表に差がある時に起こる恐怖です。

要は自分をごまかし人にもごまかすからこそおこる恐怖で、
更にそこにつじつまあわせをするもんだから
必要以上に人目が気になったり
逆に人と関わることを避け自分を出さないようにしたり
また人からも信用されなくなってしまう恐怖です。

(1)と(2)は繋がっていることが多いですが、
やっかいなのは(2)かな。

なぜなら1人相撲でどんどん自分を傷つけ周りに嘘をつき
その結果ますます人に理解されない状況になっていくのですから。

カウンセリングで扱う恐怖は
ほとんどが「間接的恐怖」であります。

ただ恐怖からの緩和や開放はいくらカウンセリングを受けても
本人がそれを受けとめ行動しない限りなかなか変わりません。

恐怖に追っかけられる「恐怖」

その連鎖を解くためには
まず気づく
安心安全な場でごまかす逃げる自分に気づく

そしてあらゆる恐怖を認めつつ
一つずつ恐怖を受け入れ素で動く練習をしてみる。
その積み重ねだなぁと思います。

トラウマが悪いわけじゃない、恐怖は悪者でもない。
全て自分の一部ですものね。