◆恐怖に追っかけられる「恐怖」

ある日の夕方たたきつけるような雨が降り
体に響くほどの雷の音が鳴りました。

カウンセリング中だったのですが
強烈なピンクの光のすぐ後に
ピシャッ!ドッカーンと爆音がなり…

落ちついていらっしゃる
クライアントさんの前でビビりまくり
、、、すみません。

久しぶりに体が直に反応する「恐怖」を体感しました。
(災害にならなくてよかったです)

ところで「恐怖」という感情
この感情は大きく2つにわけられると思います。

一つは「直接的恐怖」
もう一つは「間接的恐怖」です。

今回の雷のように突然遭遇する体験から湧く恐怖は
「直接的恐怖」ですね。

今ここで体験 → 恐怖という構図。

他には車運転中飛び出してきた人にヒヤッとするなどが、
それにあたると思います。

一方の「間接的恐怖」は
私的には2種あると思っています。

(1) トラウマの恐怖
(2) 防衛の恐怖

(1)トラウマの恐怖とは過去に体験したことが元になり
今ここで過去の感情の再体験をする「恐怖」です。

例えば、昔パワハラに会い体調を崩して会社を辞めた人が
今はその会社にいなくとも
当時関わった人によく似た風貌の人を見るだけで
恐怖がわいたり体が反応するのはトラウマの恐怖です。

そして、(2) 防衛の恐怖は
自分にとって不都合なこと、
恥ずかしいことをごまかしたり
逃げたりしていることを隠していて
それが人にバレないか?に恐怖を抱き
裏表に差がある時に起こる恐怖です。

要は自分をごまかし人にもごまかすからこそおこる恐怖で、
更にそこにつじつまあわせをするもんだから
必要以上に人目が気になったり
逆に人と関わることを避け自分を出さないようにしたり
また人からも信用されなくなってしまう恐怖です。

(1)と(2)は繋がっていることが多いですが、
やっかいなのは(2)かな。

なぜなら1人相撲でどんどん自分を傷つけ周りに嘘をつき
その結果ますます人に理解されない状況になっていくのですから。

カウンセリングで扱う恐怖は
ほとんどが「間接的恐怖」であります。

ただ恐怖からの緩和や開放はいくらカウンセリングを受けても
本人がそれを受けとめ行動しない限りなかなか変わりません。

恐怖に追っかけられる「恐怖」

その連鎖を解くためには
まず気づく
安心安全な場でごまかす逃げる自分に気づく

そしてあらゆる恐怖を認めつつ
一つずつ恐怖を受け入れ素で動く練習をしてみる。
その積み重ねだなぁと思います。

トラウマが悪いわけじゃない、恐怖は悪者でもない。
全て自分の一部ですものね。