◆思考は事実ではない

最近、親戚に会った時よそよそしさを感じました。

返事がそっけないというか
目をみて話さないというか
気持ちワルイなぁ、、、

思い過ごしかもしれません。

ですが別れてからも気になって
その日は天気のようにジメジメと気分が沈みました。

なんかしたかな?
以前会った時気に触るようなこと言ったっけ?
それとも別に何かあったんかな?
体調悪かったかな?

色んな考えが浮かびましたがわかりません。

こういう時はまず客観視します。

1【体験、状況】
久々に会った親戚
言葉数が少なく目が合わなかった

2【私の思考(考え)】
・そっけないなぁ
・何で目見ないんやろ?
・私、何かした?
・何か(相手に)あったんかな?

3【気分、感情】
落ち込み、憂鬱

以上、まずは3段階での客観視。
ここからわかること、
それは思考は事実ではない‼︎
(事実とは限らない)です。

「そっけないなぁ」や
「何かした?」と思うのは
自分の想像理由であり
本当のところはわからないですよね。

人はつい自分の考えが、
事実のように感じてしまい
その考えから、それに合ったた気分を
助長させてしまいます。

そんな時はまず
自分の状態を外から観ること!

例えるならレントゲンを撮るように
客観視だけで悩みやモヤが晴れるわけではありませんが

自分の状態に距離をおいてみれると
気持ちが変化しやすくなります。

カウンセリングでは
あらゆる技法を使い客観視し
またこれらを自分で出来るように
援助していきます。

ちなみに上記の私の件は
その後、更に客観視を
進めていった結果こうなりました。

次、会った時に様子みてその時に考えよう
次も同じだったら直接聞くなど検討しよう

自分で順を追って考えたからこそ
腑に落ちる「こたえ」が出る → 気分がラクになる

そのためには「客観視」をする力や
やり方を身につけるといいですね。

そしてこちらもお忘れなく
思考は事実ではない!
これこそ「事実」です。

◆ポジティブデータログ

まだ起こっていないことをあれこれ心配したり、
どうなるかわからない不確かなことを不安に感じたり

自然に任せているとついつい
負の方向へ考えがいきがちです。

そもそも不安や心配自体は悪いものではありませんが
それらが主導権をにぎるとしんどい、、ですね。

そんな時に心のバランスをとるワークに
「ポジティブデータログ」があります。

こちらは心理療法の技法の一つですが
近年では一般的に日記等で使われたり
また紹介されるのでご存知の方も多いと思います。

やり方は簡単でノートか、スマホのメモに
1日を振り返えり下記を書き出します。

1、出来たことを書く
当たり前にやっていることやささいなことで良い
(例、お茶を丁寧にいれた)

2、楽しい、嬉しい、ほっとした、心地よかったことを書く
特別なことでなくて良い
(例、雨あがりの晴れ間の空が綺麗だった)

★書いたものを読み返す!

名前が「ポジティブデータログ」と
ちょっとイキッてますが(笑)
要は「よかった探し」です。

ストレス過多や抑うつ傾向になると、
ものの見方が偏り同じ方向へ向きやすくなりますが

これをすると見る方向を変えることで
思考癖にひっぱられず
バランスがとれやすくなり
更に「セルフモニタリング力」も
(自分で自分を観察する力)アップするので
うつ病予防にも良いです。

出来れば専用のお気に入りのノートを用意できればいいですが
書くのが面倒であればスマホのメモでもオッケー◎

手軽にできるし続けていくと
書かなくても自然にものの捉え方が柔らかく
また広がるのでオススメです♪

ぜひ!ためしてみてください。

◆脳疲労予防〜スマホとの付き合い方を考える

最近、漢字を読めるけれど、書けない
ど忘れしている時が増えました。

あかんなー
スマホに頼りすぎてるからやなぁ

そう思ってたらその日はスマホを忘れて出かけ
初めて行くケーキ屋さんの場所が分からずめちゃ困りました。
(結局、勘を働かせて行けました)

振り回されてます。

スマホに?

いやいや、自分にです。

スマホは本当に便利で日常に欠かせないものですが
使い方によって自分で考える、調べる、記憶力が弱くなったり、
またSNS疲れから「脳疲労」や
「うつ」の原因にもなりかねないですものね。

カウンセリングでもクライアントさんに
スマホとの付き合い方を見直しましょうと提案する時がありますが、
人様に言ってる場合ちゃうな‥

私も付き合い方を見直そうと思います。

ちなみにSNSに疲れやすい人と疲れにくい人には
特徴があると言われます。

【SNS に疲れやすい人】
・暇さえあればチェックしている
・SNSのコミュニケーション重視
・使用しているSNSやアプリが多い
・すぐ返信する、返信を気にする
・文やメッセージが長い

【SNSに疲れにくい人】
・決まった時間にSNSをチェックする
・リアルのコミュニケーション重視
・特定のSNSを選択している
・早く返信するものと、そうでないものを分けている
・文やメッセージが明快、簡潔

こちらも要チェック。
私も見直します。

◆逃げることも問題解決のひとつ

職場に新しい人たちが10数名入ってきて
古株の私が指導担当になりました。

ですが、その人たちにイジメられる!
という夢を観ました。

大丈夫か?
メンタル‥

大丈夫です。
夢の中で「ネタになるかも!」
とニンマリしていました。

さて夢の解釈はともかく‥
このような場合のストレス対処法や
問題解決法がいくつかあります。

(1)直接退治する法
 ・当事者同士話しをする
 ・人に相談する
 ・自分を顧み行動を変える
 ・何らかの働きかけをして放置する、など

(2)間接的にストレス軽減する
 ・職場(問題以外)以外の時間を充実させる

(3)逃げる

とはいえそんなにスパッとできない時もあります。
頭ではわかっていても納得しない限り出来ないですし。

また複雑であればあるほど何から手をつけていいもか
わからなくなる時もありますね。

カウンセリングでは現状を整理し可視化して
本人が出来ることから試していきます。

やる、というより「試す」です。
試す方法をいくつも手持ちだと安心します。

そして時と場合によっては
逃げる、放すという選択もアリだと思います。

それが出来ず、緩められず、問題が複雑になり
首を絞めている場合もありますものね。

逆にしょっ中逃げパターンで変わらない方は
アカンでそれ、見直す価値あり❤️

さて夢からのもう一つのメッセージ。
自分をイジメないでねぎらい、労わろう。

◆そこに愛はある?父とぶつかり、ガチで向きあったこと

ここ最近エネルギー使ったことを書きます。
エネルギーって心のエネルギーです。

父と久々にガチ?で向きあいぶつかりました。

父が〇〇したい!と言っていることが
元家族(母とか、きょうだいとか、孫とか)全員反対で
それも大大反対の一件がありました。

ですが父はあーだこーだと言い
それを強行しようとしていました。

人にとっての正義は人の数だけある
人は変わらん

父のまわりはそれを周知しています。
そして普段は父の行動にめったに意見したり
とめたりすることをしません。

例え周りがしんどい思いをしても
特に私以外は、ほぼ尊重してると思う。

でも今回は「はい、どうぞ」とは言えなかった。
それは父の体に影響し、それだけでなく
家族の体にも生活にも影響することだったからです。

家族といえど父の人生
どうなったとしても本人の責任、選択やと思います。

でも、人は1人で生きてない。

そして本人が思う以上に様々な出来事は繋がっていて
個人の選択や行動が自分以外の人を深く傷つけることもあり
そしてそれは大概、立場的に弱い人(心身や状況)にいくと思います。

私は仕事上(だけでなく)人に関わる上で
「自分を大事にすることをまず優先」を軸にしています。

それは自分を自分で大事に出来ない人が
人を大事にすることは難しいと思うからです。

ですがこの選択に違和感を感じる時もたびたびあります。
(特に今回のような場合)

それはどちらかが自分を通す時、周りはどうなってもいい。
わかっていても見ないフリをする。
「やってみなわからへん」という自分にとって都合のよい正当化をする。

これらは自分を大事にしているのではなく
自分を守るための防衛で愛することではないと思います。

今回父は「お父さんはみんなのことを考えてるから
〇〇するんや!」と一点張りでした。

私は父とサシで話す前
2つのことを決めてのぞみました。

一、お父さんのことを尊重する!
一、YESは言わない!

さて、困ったぞ、難問だぞ
あ、もう一つ決めていたことがあったわ

怒鳴らない
一方的な感情だけをぶつけない、です。

実際話しあいは堂々めぐりでした。
父は最初から最後まで「〇〇する!」の一点張り。

結局「やめる」とは言わなかったけれど、
でも時間が半分すぎたくらいから言動が変化していきました。

「結香がお父さんを思ってくれてるのはわかるけど
やめることはできない(〇〇する)」

「結香がお父さんを思ってくれるのは有り難いけれど、(以下同文)」

そしてその話合いは父の心身の負担を考え
私から切り上げました。

数日たち、実家に少しだけ顔を出しました。
普段は私が行くとニコニコ嬉しそうに迎えてくれる父ですが
その日は微妙な表情で2、3言葉をかわした後は
自室から出てきませんでした。

ですが、母にきくとあれから一度も
「〇〇する!」とは言わないそうです。

先はわからないですが
何か考えてるんやろな、お父さん

何かを選択する時3つの観点から考え
選択することがあります。

一、正しいか間違いか
一、損か得か
一、好きか嫌いか(快か不快か)
又はやりたいか、やりたくないか

ですが今回はこの3つのどれも違っていました。
今回はそれが愛かどうか?そこを中心に考えました。

とはいっても、愛だって人によって違う。
そんなことよくよくわかっています。

だけども自分にとってだけでなく
相手にとっても、そして周りにとってもどうなのか?

今回はそこをブレないよう
何を返されてもお腹にグッと力をいれて
お父さんを尊重し、YESは言わず、怒鳴らず、
感情に任せず話をしました。

その夜はかなりエネルギーを消耗し
ぼーっとしていたら涙が勝手に流れていきました。

そしてそんな一連のやりとりを知った息子が
ひとこと声をかけてくれました。

もしオレのお父さんが
おじいちゃんと同じことを言いだしたら
自分も今日のお母さんと同じことをするよ

泣くー!

息子の愛で心的エネルギーがゆっくり回復
満たされていくのがわかりました。

迷った時、人や何かと対峙する時
「その基準は、自他への愛から選択したものかどうか」

世間が、社会が、世界が、コロナ禍の今
例えそれぞれの価値観が違っていても
愛からの選択、行動を‥

今だからこそ特に必要だと思います。