◆非常識からのエール

短所は長所でもあり、長所は短所にもなる
ほんとうにそうだなぁと思います。

私はこれやりたい!と思うと
昔から後先考えず
ストレートにぶつかる所が多くありました。

なので随分恥ずかしい痛い思いをしましたが
よくよく考えると、そのおかげで人とは違うやり方で
結果や希望を叶えるということがいくつもありました。

特に進路を決める時は全てそうだったな、、、笑

例えば、保育士を退職して
当時トレンドだった人気の幼児教室に就職した時もそうでした。

新聞の広告に採用募集が出ていることを
友人が教えてくれたのです。

友人 : 〇〇教室が先生募集してんで!

私 : わぁー!ほんまや!今すぐ応募するわ。

友人 : ちょっと待って!今回の募集は英語の先生やで。

私 : えー!




間、3秒。

私 : 応募する!

で、結果どうなったかと言うと不採用でした。

そりゃそうだ。
英語できないもん!
この人大丈夫か?となるわね、普通。

ところが、半年後
そこの幼児教室の先生に晴れて採用されたのです。
希望通りの部署で。

なぜでしょう。

それは今思うと
この3つが功をなしたのだと思います。

・純粋にやってみたい気持ち
・行動力
・人の目を気にしすぎない

私が送った履歴書には
正直にあるがままの経歴を書きました。

それを見た人事採用の方は
私が英語ができないのがすぐわかったと思います。

ただ、その履歴書にはお手紙も添えました。

なぜ私が御社の先生になりたいか
これからどうするかを
具体的にツラツラと書いて送ったのです。

実際に不採用になってからは
英語教室に通い、次のチャンスに備えました。
(全然モノになってへんけど)

当時、私は英語の先生になりたい以上に
そこの独自の教育を学び、子どもたちの可能性を育てる
先生になりたくて仕方なかったのです。

すると半年後、先方から電話がかかってきました。

『英語ではなく、幼児教室の先生に欠員がでました。
 以前の履歴書をみてあなたにお逢いしたいと思いました。
 よろしければ面接にお越し頂けませんか?』

やったー!

結果、採用していただき幼児教室では10年勤め
退職最後の年は全国のパーティーで表彰を受けることにもなりました。

そこの幼児教室での経験があったからこそ
次のステージ、心理カウンセラーへの道に繋がったのも事実です。

やりたいか?
やりたくないか?

人の評価か?
自分の評価か?

人真似か?
オリジナルか?

かなしいかな、私も年齢を重ねるとともに
以前の純粋な向う見ずな部分はにぶりつつあります。

いやいやいや、
そうはさせへんで(笑)

学んだ気功や
日々のカウンセリングでなんとか健在です。

常識はたいせつ ← そこは学んだ(笑)
秩序も大事 ← 独りよがりはアカン

だからといって、自分の気持ちや行動を
常識にのっとられるのはもったいない。

まずは自分の気持ちに純粋であれ。

20代の頃の私がエールを送り続けてくれています。
全ては経験、人生は冒険なり。
ファイト!

◆失敗して褒められた!自己肯定感

数年前、自分が主催したイベントで初めて出逢い
そこからカウンセリングにお越しになられた方がいらっしゃいます。

数あるカウンセリングの中で
なぜ私を選んだのですか?と聞くと
自己肯定感がスゴッ!と思ったからとおっしゃいました。

あのイベントで?
ほとんどお話ししてないのに?

というもの、その時は私はイベントの主催者で
講師は外部からお呼びした方だったからです。
参加者さまに、あらためて伺ってみました。

————–
だって、水崎さんは
段取り間違えても言い間違えても
あはは!と笑っていたでしょう。

それを受けている参加者も講師も
「え?」ってなるどころか
一緒になってみんなで笑って協力して
結局盛り上がってましたやん。

それを見てこの人って
自己肯定感がスゴイんやなと思ったんです。
————–

なんか、すみません。
いや、あの、ありがとうございます。

間違えて、とちって
褒められるってどうよ?ですが、
確かにあの場所は
私が言い間違えても和やかでした。

それは、まずは1番に集まる方々の
高い受容力のおかげであったと思います。

あたたかい方々ばかりでしたから。

ただ、そう言われると私自身、失敗との付き合い方は
普段の時とあまり大差はないのかもしれません。

準備してやることやっての結果は
どうしようもないですもの。

開き直るわけではありませんが
心からお詫びして、自分にこもらず
出来ることをするしか仕方ない。
しゃーないです。

笑ってごまかすのではなく
笑顔で出来ることを探す!する!

それがあの時の参加者さまのお1人には
自己肯定感とうつったんでしょうね。

————–
水崎さんの対応をみて
「あ、これでいいんや」って思いましたから。
————–

ですって(笑)
ありがとうございます。

失敗もうまくいっても自分は自分。
それを別名、自己肯定感ということを
参加者様から教わりました。

これからも経験を、経験していこう。

日常も特別な日も、
自己肯定感レッスン時間がたっぷりありますものね。

◆罪悪感との付き合い方

小さいことから、人に言えないことまで
誰もが大なり小なり罪悪感を持っていると思います。

私の場合だと小学一年生の時、10円飴が買いたくて
おばあちゃんのお財布からお金をとってしまったこと。

部活をさぼりたくて膝が悪いせいにしたこと。

友達が就職決まって「よかったやーん!」と言いながら
自分と比べてねたましく思ったこと。

彼ができたら一緒にいたくて親に嘘ばかりついていたこと

知らないのに知ってるフリして
「そんなんも知らんの?」と旦那さんに言ったこと

休みの日に先輩に誘われるのがしんどくて
何度か親や親戚が具合が悪くなったこと(笑)

・・・・・・なんの懺悔の部屋でしょう。

ここに書けるものならまだしも
墓場まで持っていくー!というものもあります。

以前、複数の方を対象にした心理学講座で
罪悪感ををテーマに1人2分ずつ発表をしました。

私はナビゲート役なので講座では発表しませんが
皆さんから聞いたものはもちろんシークレット。

共感したり忘れていた過去を思い出したり
気づくことが多かったです。

私の場合、罪悪感には2種類あります。
話にできるものと、できないもの。

よく浄化という言葉を使いますが
きっと浄化しきれていないんですね。

思い出すと未だに不快になるものがあります。
身からでた錆です。

以前は、それが嫌で仕方ありませんでしたが
ここ数年はマシになりました。

なぜかというと
罪悪感の正体がわかったからです。

自分の持っている罪悪感は
「自分を守るため」のものです。

つまり、恐れや心配、不安から身を守りたくて
罪悪感を手に入れてきたものだと思います。

そう思うと、そうやって守ろうとして
嘘ついたり、ごまかしたり
ええ格好したりする自分を赦してあげようと思うようになりました。

もちろん法に触れたりすることであれば
懺悔して罪をつぐなわないとだめですけど。

むかーし、おばあちゃんのお金をとってばれて
母から物凄く叱られたけど
おばあちゃんは頭を撫でてくれました。
赦してくれました。

もうしない、と思いました。

あと、どれだけ罪悪感を抱き懺悔し
どれだけ自分を赦していくのか未知数ですが
そんな自分と付き合っていきたいと思います。

◆自分の中のオニ

自分の中のオニの存在をハッキリ自覚したのは
幼稚園の年長の時でした。

私は3人きょうだいの長女。
6才の時、弟は2才でした。

男の子の誕生に家族は大喜びでしたが
特に母は弟を溺愛していました。

みんなが、可愛い可愛いと言います。
本当に可愛かったのです。

穏やかな子でよく笑い
女の子みたいに顔も可愛らしく
手もかからない。

かわいいね、かわいいね、の声を聞くたび

・・・・

・・・・

かわいいけど・・・・

・・・・・

ムカつくっ!!!

そう思っていたのを今でもハッキリ覚えています。

ある日、妹と弟と近所の友達2人と
かくれんぼをすることになり
私と弟は一緒に隠れることにしました。

庭の木の植え込みに2人でしゃがみ込みました。
誰にも見えない2人きりの空間。
声を殺して弟と脇に抱え込み周りを伺います。

心臓がバクバクしてます。

その瞬間。
私は弟の太ももをギュッ!とつねっていました。

弟はびっくりしてピクッとなったものの
直ぐに声をあげませんでした。

力が弱かったのかもしれません。

ぎゅっ!
もう一度つねりました。

う、う、う、うわぁーーーーん・・・ん

声をあげて泣き出しました。
妹や弟が飛んできました。

うまく話せない弟に
「どうしたん?だいじょうぶ?どうしたん?」と皆聞きます。

私も同じように「どうしたん?」と声をかけていました。

私がつねったのに。。。

弟ばかり可愛がられるように見える。
お姉ちゃんなのにと言われる。
もう〇才でしょ、と言われる。
弟なんか、いらん。

つねった瞬間でてきた私の中のオニ。

本当はさびしくて、自分を見てもらえない気がして
不安で仕方がなかったんです。
つもりつもっていました。

あれから何十年の間。
私の中のオニは形を変えてでてきました。
今も感じる瞬間があります。

その内訳は、人と比べたり、
うらやましかったり、不安や心配になったり、
いつでてくるか予想出来る時もあれば
唐突に不意打ちの時もある。
その方が多いかな。

さてどうするか。

オニと言えば「オニは外 フクは内」
これに当てはめてみましょう。

鬼は外
1、自分の中のオニに気づき認めること
2、吐き出し嘆くこと
 (適切な方法で。のべつまくなく吐き出すのではない)

福は内
自分にたくさん愛情をそそぐこと(癒し)

「鬼は外」の吐き出し方は、いつでもどこでも
思うまま吐き出すのがいいとは思いません。

それは暑いからといって場所を選ばず
裸になって歩きまわっているのと同じだと思うから。
見苦しいですね。
1人で生きているわけじゃないので。

オニは外、フクは内のやり方は
カウンセリングや心理学を学ぶことで
身につけることができます。

気になる方は、ぜひ一度体験にお越しくださいね。

私の場合、幼い頃の弟への思いは
過去に心理カウンセリングで吐き出し嘆いて
当時の自分に愛情を注いだことで
その後心からごめんねという気持ちがわきおこりました。

◆好きなものがわからなくなり落ち込んだこと

好きなものはなんですか?

数年前に参加したセミナーの自己紹介ワークで
互いに好きなものを紹介し合うワークがありました。

わたしにはこれ!という好きなもの、コトが少なく
当時は内心アセアセ、、、困りました。

周りの方々は食べ物や、お店、趣味など
熱く目を輝かせて語っておられました。
いいなぁとうらやましく思っていました。

好きなもの、コトがないわけではありません。

音楽を聴くことや、花を見る、育てるとか
本とか、食べ物とか、インテリアとか、縁起グッズとか
やりたい、欲しいと動くものはもちろんあります。

でも、、、人の話を伺うと
そこまで一つのものに惹かれたりしないなぁと気づき・・・
それは昔からでした。

私の周りには、その道に極まった方が何人もいます。
それをお商売にされている方もいて
まっすぐに人に届けたいという思いが伝わってきます。

そういう方々と触れ合うたび、自分はなんなんやろう?と
なんとなく落ち込み気味になり疑問で包まれることが
これまでに度々ありました。

というのも好きなことやきわめている方のジャンルが違っても
それぞれの方と仲良くさせてもらっていて
その職業もバラバラだからです。

料理をする人
ファッションコーディネーター
服を作る人
ダンサー、音楽家
教師や幼児教育の講師
メイクの先生
英語の先生
アロマの専門家
税理士さん
お医者さん
会社経営者
建築家
占い師
ヒーラーさん
お花の専門家
投資の先生
・・・・

まだまだいらっしゃいます。

年末年始に、仕事やいつもの日常から離れた時
久々に自分の好きがわからなくなりプチ迷子になっていました。

わたしって八方美人なのか?
あ、美人ちゃうけど(笑)

で、年明け仕事がスタートした朝思い出したのです。
目覚めた瞬間降りてきた。

「その心は?」

私は他者が何を好きであれ、どんな仕事であれ
そのモノやコトではなく
その人がどんな想いでそれを極めているのか?
その「心自体」に惹かれるし興味がわくんや。

はー。そっか。
そやった!すっきり。

職業に限らないです。

友達が雑貨集めにハマっていたら
なぜそんなにそれにハマるのか知りたいと惹かれますし
それがマンガであれ旅行にしろ、、、、。

要は、その心は??なんですね。

昔、10年テニスをやっていましたが(小学校~高校まで)
当時もテニスグッズにも興味なく
今はテニスのルールさえ覚えていません(笑)

でもその時代どんな気持ちでラケットを握っていたかは
鮮明に記憶していて、それがとても愛おしいのです。

自分が一貫してひかれるもの。
惹かれてきたものは、モノでありコトであり
1番はその心は?です。

なので、今年も頑固に心に沿って
生きていきたいと思います。

好きなものや、コトに精通されている方々に
尊敬とうらやましい気持ちを抱きつつも
またその方々から学びマイペースに歩めばいい。
それが私や♪

ご縁を頂いているみなさま、これから出逢うみなさま。
こんな私をどうぞよろしくお願い致します。