◆お不動さんの思い出

「久々にお不動さんでましたね、、、」
スタッフがたまに私に言います。

スタッフとは公私で15年のお付き合い。
長いこともあり私の天使も悪魔もキレイも汚いも
そしてお不動さんも知っている1人です。

で、お不動さんって何かというと、
正義感というかなんというか、、、。
それは突如怒りの顔や無の顔になってあらわれ
それが出た時は自分だけれど自分じゃないような、
なんだろな、、うまく言えませんが豹変するので
それをお不動さんが出たと呼んでいます。

お不動さんに目覚めたのは小学校の時でした。
当時、仲が良かった友達ヤッコちゃんとの
放課後の出来事だったそうです。

私は覚えておらず大人になってから聞き
後から徐々に思い出しました。

当時ヤッコちゃんは9才で
コマなし(自転車)が乗れず悶々としていました。

乗りたい、恐い、乗りたい、怖い

でもまぁ自転車乗れなくても困らへんし
えっか〜と思っていたそうです。

ある日そんなヤッコちゃんを
チビユカは、遠くの公園に連れだしました。
私はチャリンコ、ヤッコちゃんは歩きで。

公園は街中から外れにあり人が少なく
自転車の練習にはもってこいでした。

そこで最初はヤッコちゃんを自分の自転車に乗せ、
後ろを押して、、走っては手を離すを繰り返していたようです。

ですが何度やっても進歩なく日も暮れてきました。

「もういいねん、どーせのられへんし」とヤッコちゃん。

その時わたしはお不動さんに豹変したそうです。

すごい形相で
「そんなんやからいつまでたっても乗られへんねやろが!
私歩いて先帰るからその自転車に乗って帰ってきてっ」
と公園からダッシュで走り去ったらしい。。。

おーこわっ。いやいやいやいや
余計なお世話と思いましたが‥

その後のいきさつをきいて
「チビユカなかなかやるな!」と思いました。

可哀想においてけぼりをくらったヤッコちゃんは
泣きながら自転車にまたがったそうです。

というのもその公園は家から徒歩で
30分以上距離がありへんぴな所でした。
また辺りは刻々と暗くなっていきます。

このままじゃヤバイ!とヤッコちゃん。

友達のチャリンコを放置するわけに行かず
早よ帰らんなと焦るわ、コワイわで
泣きながら自転車にまたがったそうです。

すると



のーれーたー!
す、すごいーーーー!

で、その様子を茂みで見ていた
チビユカが飛びだしてきたそうで
泣きながらヤッコちゃんに抱きついたそうです。

見方によればスパルタおせっかい「ドSユカ」ですが
結果的には良き良き!お不動さん。

何かに反応して怒りが湧く時
2種類あるように思います。

一つは自分を痛みから守るための
怒りや、トラウマからの怒り。

もう一つは愛からの怒り=お不動さん。

大人になるにつれ前者が多くなったり逆に怒れなかったり
また2つが混じりあったりもしますが(←私の場合)

本気で相手を思い叱ってくれるお不動さんはありがたい。

振り返るとこれまでに自分にも
本気で叱ってくれたお不動さんがいます。

あなたにとって、これまで出会ったお不動さんは誰ですか?
あなたは誰かのお不動さんになったことがありますか?

◆小さな変化を見逃さず自覚していくことが回復に繋がります

引きこもりで夜も寝れず苦しい
と数ヶ月おっしゃっていた方が
まず2時間は続けて寝れるようになった!
と報告をうけると
すごい進歩だな、回復だなと思います。

これまで家族のことが四六時中気がかりで
その話題ばっかりだった人が
状況変化はないものの
自分の趣味や好きなこと(好きだったこと)を
ちょろっとでも話す時間が増えてくるのを
目の当たりにすると
これまた大きな進歩だな回復だなと思います。

ですが大概ご本人は
「まだまだだ、、、」
と思われることが多いです。

その渦中にいると小さな変化に感動や喜びを
見出すことは難しいのかもしれませんが
それを見つけお伝えし
次の一歩を見据えるのがカウンセリングの時間です。

◆怒りと悲しみをあたかも正当な理由で押し込めないで、誤魔化さないで

人の投稿を見ていて
大きく反応したことがありました。

この人は命の重さをどう思ってるんやろうか?

一見きれいな言葉で
ポジティブに見える内容にみえましたが
人の生死に関する捉え方が軽く感じられ反応しました。

ハテナがたくさん出てフツフツ怒りが湧き
その後哀しい虚しい気持ちになりました。

なぜこんなに強く反応するんやろか?
自問自答しました。

それは人に期待していた自分がいたこと
そしてその反応には
過去に自分が人から軽んじられたことや
同時に自分が自分を軽んじ苦しめたことに
起因していると気づきました。

何もなければ
大なり小なり反応はしないはずですから。

そしてその後の
心の動きにもパンチを受けました。
(まだ続く?キッツー)

それは不快のあとに
「その人は、それだけ自覚なき根深い傷を
いまだ背負ってるんやな。だから仕方ない」と
納得させようとしたことに気づきました。

確かにそうなのかもしれません。

でも私がすぐ思ったのは
そう思うことで納得しようとしただけです。

つまり自分の不快をあたかも
正当な理由をつけて(知性化、合理化)
おさめようとしていただけだと思います。

何故気づいたか?

それは自分が小学校の時に受けたいじめを思いだしたからです。

私は小3〜小4まで
同級生にいじめを受けていました。

毎日暴言を吐かれる
手もあげられる。
片道40分の通学路は荷物持ち。
溝を歩けと命令され従う
大人が見ている時と
見ていない時の差がはげしいなど
これらごく一部ですが
2年間耐え続けました。

嫌、やめてと言えなかった。

それは大人に言っても
どうせわかってくれないだろうと
思っていたし余計酷くなるのが
こわかったから。

そしてそれ以上に耐えた原因は
いじめた相手が、
親から酷い虐待を受けていたことを
見て知っていたからです。

この子はかわいそうな子。

だから私にこんなことをしても
仕方ないんやと思っていたのです。

虐待を受けている子だから
友達をいじめることは仕方ない?

逆に虐待を受けたから
人をいじめていい?

(私も人をいじめたことがあります)

今思うとおかしいことですが
きっと私はそう思うことで正当な理由がほしく
自分が悪いのではないと思いたかったのだと思います。

今思うとそんな風に正当化しなくていい。

嫌なもんは嫌

ダメなものはダメ

そう思うのは自然なこと。

大人になった今も
理不尽を目の当たりにした時に
すぐ正当な理由をつけて
気持ちをなだめがちですが
その心の使い方は
手放していきたいです。

哀しいものは哀しい

怒りは怒り

おかしいもんはおかしい

それズルイやんと腹たっていい

何かあった時
それが過去に体験していても
そんなに簡単に切り替えられるものではない。

心をもって生きているから
悲しみや喜びも怒りもリアルに感じるのは
自然なことです。

すぐ誤魔化す自分も受けとめながら
ズルさを手放しラクになっていきたい。

抽象的な内容ですが等身大で書きました。

◆人と意見が違う時伝える?伝えない?コミュニケーション法

数日、カウンセリングで考えるテーマが似ている
と思うことが重なったことがありました。

それは人と意見が違う時のコミュニケーションです。

伝えるのか?伝えないか?
まずそこで悩み

じゅあ、伝えようと思ったら

どう伝えるか?
こんないい方したら相手がどう思うかな?
傷つけるん違うかな?
関係悪くなるんちゃうかな?など、、、

悩ましく思う時はありませんか?

相手は良かれと思って言ってくれていることでも
自分にとっては違和感だったり
相手の価値観の見方だったりがあります。

典型的なのが、フツーはこうでしょ!のやりとりなど。

そもそも「普通」が人の数だけあるのが
フツーなんですけどね(笑)

わかっちゃいるけれど気づきにくい。
言われる側も言う側も。

もし相手の意見に違和感を感じ
それを飲み込まず伝えようと思うのであれば
まず、相手の言い分と自分の言い分を
分けて考えることをオススメします。
(書き出すのも効果あり)

そして、そこに「普通が」という
独自の価値観からの見方がないかを探ります。

そして、気になった部分のみだけをピックアップし
それに対して自分がどう感じたのかを
シンプルに伝えるようにします。

ここで回りくどい言い方や相手を思いやるために言葉を飾ると
結局何が言いたいかわからなくなってしまうので要注意。

シンプルに伝えるためには
下準備が必要ですね。

そして何のために伝えるか?の目的も
ハッキリ自覚しておくこと。

関係はつくっていくものですから。

カウンセリングを通じて
自分自身も改めて考えさせられた数日でした。

◆自分の身内を助けられない負い目と、柚茶

以前、身内が心の疲労から健康を害した時があり
自分がこの仕事をしているにもかかわらず
直接役に立てなかった時期がありました。

近しいからこそ難しい。

ならば、信頼できる知り合いの専門家や
具体的な方法を紹介しようと試みましたが
結果スルーでした。

当時はそんまま進行すると
更に心配な状態になるのが顕著で
自分は日々人様のカウンセリングをしているのに
身近かな裕の助けにはならないのか?と
どこか負い目を感じていました。

話は変わりますが、
カウンセリングに来られた方が心労から食欲がなくなり
拒食へ進行されていたことがあります。

ご家族が心配し、好きなものや食べれそうなものを
あれこれ工夫されていましたが
それでも口にするのがきつく
毎日数口だけ食事をとられていました。

食べないので血の巡りが悪くなり体が冷え
動くと疲れるのでジッとし
そうなると外界との接点が減り思考が偏り
余計に鬱々とした状態になる悪循環を加速させておられました。

そんな時たまたまお出ししした「柚茶」が
美味しいと気に入られたのです。
(カウンセリングではどの方にもお茶をお出ししています)

食欲がなく、美味しさもわからない
生理的欲求の一つが欠けバランスを崩している中
一筋の光になった柚茶。
それからはしばらく柚茶をお出ししていました。

ある日クライアントさんから
「これがどこに売っているのですか?」と聞かれたので
場所をお伝えし、我が家に残っていた柚茶をさしあげました。

とても気の使うクライアントさんで
最初は受け取りにくそうにされていましたが
まだ外出がままならないことを思うと
飲みたい!と思えるものに出逢えたチャンスを逃すのは
もったいないと思ったのです。

それでも「すみません」を繰り返されるクライアントさん。
思わず私は言っていました。

「私は身内以外の人に沢山助けてきてもらいました。
その人たちに直接返せないことがありますが
こうやって違う方にお返しできるのをうれしく思います。

〇〇さんが元気になられたら
また誰かに出来ることをしてあげてください」

そういうとクライアントさんは少し沈黙し
「素敵な考え方ですね。頂きます」とおっしゃいました。

たった一瓶のなんのきない柚茶ですが。

クライアントさんが帰られた後
自分が負い目に感じていた過去の身内とのことを思い出しました。

身内だからといって力になれえるかというと難しいことがあります。

でも出来る人ができるタイミングでやったら
それでいいや、そうやん!!

柚茶とクライアントさんのおかげで
思い出すことができました。