◆大きいことを成し遂げるのに必要なのは長い年月ではない・・・

以前、講座を開催した場所にあった掛け軸に
こんな言葉が書かれていました。

—————-
大きなことを成し遂げるのに必要なのは
長い年月ではない・・・
「勇気」である
—————-

そう。そうだよね。
結局、勇気を出したか出さないかの結果だと思います。

自分のことは後回しで人の心配や応援ばかり。
自分事はなかなか取りかかれない。
そのうち自分でも、何をしたいのかわからなくなってしまう。悪循環。

やり方や行動も大事ですが、本当のところ
怖くて踏み出せないことがどれだけ多いでしょう。
その怖さを、他のことで紛らわしていることがあります。

一歩踏み出す「勇気」がいるんですよね。
私もほんと身にしみます。

だからといって、勇気を出せない自分を
責めなくていいと思うのです。

勇気を出せないには、出せない理由がありますから。
それを綺麗な言葉や解釈でまとめても変わらない。

心と体と結果は正直だと思います。

誰にも責められません。
〇〇しましょうね!も違うと思います。

なぜ勇気をだせないのか。
ずっと同じ繰り返しなのか。

心理カウンセリングでは
そんな心の在り方にアプローチをかけていきます。

やりたいことを、なかなか取り組めない。
後回しにしてしまう。
変わりたいのに結果なかなか変わらない。

自己流な解釈や責めを入れずに
心理カウンセラーに相談するのも一つの突破口です。

◆矢のように痛い応援や励ましの言葉

昔、幼児教室の先生をしていた頃
障害児さんのお子さんの個人レッスンを
何人か担当していたことがあります。

その時に出逢ったお母様や
当時、勉強に行っていた先で知り合った方が
言っていた一言を
今でもずっと心に留めています。

それは

「あなただから、〇〇ちゃんが生まれてきたんだと」とか

「乗り越えられるあなただから〇〇ちゃんがいるのよ」

という言葉が辛い、嫌だということです。

障害に限らず、事故や病気もそう。

声をかけてくれる人は
応援や温かい気持ちで言ってくれたのかもしれませんが
想定外だった現実を前にした人には
その一言が矢のように突き刺さることがあるのだと知りました。

私も当時、その言葉に似た言葉を
使ったことがありました。

あなただから、とか
乗り越えられるはずだから、は

本人が思ってこそ初めて意味をなす
命が宿る言葉なのだと今は思っています。

◆「辞めたいのに辞めれない」理由と対処法

『苦しいのになぜ同じことを繰り返してしまうんだろうか?』

辛いのに、嫌なのに結局同じことを繰り返してる!
そんな時はありませんか?

目の前にいない苦手な人のことを考えてしまう
おこってもいないことをあれこれ思い悩む
疲れるとわかっているのに無理してしまう、、、など。

辞めたいのに、辞められない
一見、矛盾していますが理由があります。

人は何にせよ
そこに利があるから動くもの。

『辞めたいのに辞められない』には
そのやり方で長い間慣れてきたからです。

慣れてきた=(イコール)それが自分自身だからです。

嫌で仕方ないけれど、その思考や行動が
これまでの自分を証明するものだった
またがそのループを持つことで人から構ってもらえたから。

時にはヒドイ言葉で
時には「大丈夫?」と労りの言葉で。

だから「辞めたいのに、辞められない」がおこります。

もし自分にそんなループがあるなら
辞めたいのに辞めれられない
自分にまずは気づいて認めてあげましょう。

厳しく批判しないで
「いたしかたなかったね」と
労わってあげてください。

外へ向いているものを内に向ける。
いや、外に向いている癖にまず気づくことから。

それを充分にしていくと、新しいやり方をやる恐怖に
少しずつ勇気がともなってきます。

また、身近な人がそんな状態の時。
根本的な理由を理解してあげてください。

辞めたくても辞められないのは
それがあなた自身だからだね、って。
(気持ちを理解するだけで声にださくてもいいですよ)

そして構いすぎないこと。
ここが難しいんですけどね。

カウンセリングでは根本理由を理解した上で
気持ちも受容した上で時と場合により
繰り返しフィードバックする時もあります。

これも「技法」の一つ。
積極技法のフィードバックといいます。

言われた相手は「ギョッ!」となったり
冷たいと感じる時もありますが
そこは信頼関係が出来ているかどうかや
相手が受け取れるタイミングをはかります。

やみくもにやっちゃいけません。

慣れ親しんだものに敬意を。
そして新たな自分育てに勇気と惜しみない愛を。

習慣が少しずつ少しずつ見えないところで培われるもの。
応援しています!

◆たわいもない話が生む、心の余裕と健康

悩んでいる時は視野が狭くなりがちです。

なので余裕がない時ほど
たわいもない話ができにくくなります。

また自他のことを常に深刻に考えすぎている時も
雑談が減りストレスが溜まりやすくなります。

「たわいもない話=雑談」ができているかな?

カウンセリングでも雑談的な話ができるかどうかは
クライアントさんの心の「今」を理解する一つのポイントになります。

また自分自身も同じことがいえます。

だからといって常日頃、意味のない話ばかりや
考えることをうやむやにし続けるのは健康とは言えませんが
人とたわいもない話が出来るのは心の健康バロメーターのひとつ。

日記的なこと
最近のニュースや話題
食べものや趣味ごとなど。

また、人とよい距離感を築くにも
あいさつや雑談は場をあたためてくれますね。

たわいもない話、あいさつなどで
心に余裕を意識をしていきましょう。

◆手をかけすぎないこと

私の妹はよく気がつき、また、ものごしが柔らかなので
年老いた親のサポートや小さい子ども世話などをするのが
とても上手だなぁと感心します。

相手の気持ちを組んだり寄り添ったりに重きをおくので
両親や姪っ子も、妹といると安心しているのがわかります。

私は身内内ではテキパキするタイプ。

もちろん相手の気持ちを優先には心がけますが
それでも妹と比べると「現実的」にやるべきことを考え
動こくことが多いです。

なので昔から家族間では、妹は甘~いお母さん
姉は厳しいお父さん的な構図がありました。

ですが、ここ数年は妹と話をし
特に両親に関しての関わりは
すり合わせをするようになりました。

そんな中、ある日イレギュラーな用事で
妹がいつもの母のサポートができない日が数日ありました。

妹からは「お母さん見てあげてな」とお願いされ
私も気かけてはいたのですが、実際の母は、あれ、、??

シャンシャンしていて、いつも妹に任せていることが
出来ているではありませんか!

ま、見方によってはいつもと違う日常に
ちょっと無理して高揚していたのかもしれまんせが
問題なく、むしろ生き生きしているようにも見えました。

手をかけすぎたらアカンねんな。

いつも当たり前になっていて
見えにくくなっていたかもな、、、。

子育てやカウンセリングでも同じことが言えます。

相手の立場に立ち、寄り添う手助けや
必要なサポートは大事にしたいけれど
やりすぎてないか相手が自分で出来る範囲を超えてないか
時に立ち止まらなきゃと思った!

気づかぬがゆえの一方通行になっていたり
また相手のためといえ
自分の存在意義を証明する結果になっていないかな?と。

難しいけどね、、、。

自分でできることをできるように援助を
公私とも考えてやっていきたいです。