◆ピグマリオン効果の反対

1つ前の記事で人からの期待が自分のやる気や
成果に繋がるピグマリオン効果について書きましたが
他者の思考や考えが逆に影響することもあるなぁと思います。

例えば何かを習っていて先生が
「ここは他と違って難しいよ、難解だよ、一癖あるよ」
などと言われた時。

学ぶ前から一癖あるんや、難しいんや!とバイアスが入っちゃって
より難しく感じてしまうことがあります。

以前、心理学の講義で先生が脳の分野の授業の時に
やたらめったら「ここは奥深くて難しいです!」と
連呼されていたことがありました。

私は、難しいんや、、、いややなと
気分下がり気味になりました。

確かに先生のおっしゃる通りややこしかったんですけど、
その次の違う分野を習った時にあれれれ?違和感を抱きました。

脳だけじゃなくて
こっちも難しいんですけど…。

先生はというと脳の分野とはうってかわって
若干、流暢に話ていらっしゃるように見えました。

でも、自分にとっては脳もその他も
知らんかったら難しさって同じなんよね。

人に伝える時の影響
よくも悪くもバイアスかかるんやと思います。

それを知っておくと伝える人だけでなく
受け取る側になってもまどわされにくくなるんじゃないかな。

難しいか簡単以前の知ってるか知らないかだけ。

知らないことを興味深々で出力入力できるか。
そこに焦点あてられるといいな。

どっち側になってもフラットでいきたいです。

◆ピグマリオン効果

ほめられたら嬉しい
期待されたらがんばっちゃう
つくづく単純だなと思います。

期待されることで
それがやる気になり成果を出すことを
「ピグマリオン効果」と言いますが、、、
まさにそんな力がムクムクと湧いてきた時のお話です。

ある日、体のメンテナンスで
整骨院に行ってきました。

からだって正直ですね!
変な使い方をしていたり、同じ姿勢で負担をかけていたり
それだけではなく思いグセや心の在り方で歪んできます。

その時は数日前から腰に違和感があったので
お世話になっている整骨院に行ってきました。

先生は脈診で体の不調を診られ
外面のみならず内面の影響も指摘される時があります。

その日も「なるほど!そうです!」
という診断結果となりました。

外面の腰の違和感は左の膝の使いすぎ。
、、、思いあたります。

内面はというと、、ザックリまとめると
「考えすぎてるね。叶えたい!と思いつつ
努力してるのに信じきれてないね」とのこと!

ひょぇ! すごっ!
いやいや、私の脈がそのように
申していたそうで‥‥。

治療は膝の数ヶ所のツボにテープと
湿布を貼ってもらったのと
背中に電気をあててもらいました。

そして、何より先生からのピグマリオン効果!!
これが一番効いた。

先生曰く、
あなたは一生その仕事を続けていく人でしょう。
(←なんでもお見通しや)
だから今積み重ねてることもなんにも心配しなくても
叶うしそうしかならないから!
だから、おめでとう!!

わぉ!
先にお祝いされちゃった。
自分にとっては薬よりも効く治療です。

自分が信じてあげなくて誰が叶えるの?

そうはいっても人のことだったら
素直に純粋に願えるのに
自分ときたら歪んだ見方をしてしまうことがあって
こうやって体が知らせてくれるんですね。

もちろん心的な原因だけではありませんが。

それにしても人からもらう言葉や
応援からほっと安心したり
また「よーし!やるぞ」と自分の核に戻れるのも事実。

私も誰かのピグマリオン効果になれるよう
まず自分を信じ望むイメージにまっすぐ向かいたいと思います。

◆どんな相手も怖くなくなる方法

うるさい上司や身近な人
または嫌みったらしい人や難癖つけたりクレームを言う人。

そんな人にカチンときたり、ビビったり・・。

できれば付き合いたくないけれど
そうも言ってられない時がありますね。

そんな時相手にひるむことなく
応対する方法があります。

それは自分がでっかくなったイメージをすることです。

そして相手の人は、小さくイメージ・・・

応急対処ですがイメージすることで
気持ちが落ち着き
ラクになることがあります。

脳は「想像」と「現実」の区別をつけない
という性質も持ち合わせているので
それを利用するというやり方。

相手のことを苦手だと思うばかりに
恐怖で萎縮したり、嫌な気持ちに囚われ続けるよりも
「なんてことないさ」と思えることで
リラックスし自分らしく振舞え
結果、関係がスムーズになる糸口がつかめるかもしれません。

もしそんな場面がある方は
試してみて下さいね。

◆スピリチュアルと心理学

私はスピリチュアル的な事象や体験談をきく
または考え方が好きです。

世の中には理屈では説明できないことがたくさんあるし
目に見えない聞こえない、でも「在る」という能力を
感知できる才能を持っている方や
それをお仕事や人助けに生かされている方々を尊敬します。

私の周りにもそんな方たちがいて大好きで
ここ数年は教わることや影響を受けることが沢山あり
多くのギフトを頂いてきました。

一方で自分が生業としている心理カウンセリングは
目に見えない心を理解するのに
「心理学」という科学的、客観的、データに基づき
統計学をもとに援助することを基本としています。

スピリチュアルと心理学

目に言えないものに対峙する上では同じだけれど
主観的か客観的かという点では
スピリチュアルは主観的になりやすく
心理学は客観的に重きをおくので
その分、対象への理解が型にはまりやすい側面を
もっていると感じています。

で何がいいたいか?
ってことなんですけど、、、(笑)

シンプルにいうと
私はどちらも大事だと思ってる!ってことです。

人間て、いや私ね
ほっておいたら、自然にまかせておいたら、
自分の見たいように思うようにしか世界とかかわりません。

それはそれで自然でしあわせなことですが
自分の中にある未知の能力や使っていない才能や
与えられた宝を磨いたり活かしたりするためには
やっぱり科学的、客観的データを活かしていくこと
そしてスピリチュアルな観点も活かしていくこと
そのどちらも必要だ!と思うのです。

人間を真ん中にした時
心理学か?スピリチュアルか?と
境界を引くこと自体がナンセンス。

不自然だとも思っています。

先日の朝、超スッキリ目覚めたので
心理学の勉強がスイスイ入りやすく快調でした。
(文字の羅列に拒否がおきなかった)

でも快調なのはそれだけではありません。
スピリチュアル的な視点を
勉強に取り入れると学習が進むんです。

例えば、
行動主義を開発したワトソンの想いが
この理論をつくったんやなぁ

人の幸せを願い豊かを願い、限られた障害の有限な時間を
こうやって客観的データや理論に残してくれはったんやなぁ。

よし!

じゃあ今の私があなたの意思を学び
これを自分や人の幸せや平和に役立たせるぞと思うと
なんだか頭がスッキリして言葉の理解が進むのです。

まぁ、偉そうにあったこともない、もうこの世の中には存在しない
名のある心理学者や研究者たちと話をしながら
教わっている気分でいるのですからオメデタイですよね(笑)

でも先人たちが本当にどう思っていたかはわかりませんが
その思いをスピリチュアル的に受け取り
私はそれを学び、今に活かしていきたい!進化に繋げたい!

本気でそう思っています。

◆ふつうって何?

ふつう、ふつう、、、、、って何がふつう?

昨年父が体調を崩してから
きょうだいや母、お世話になる周りの方々と関わる中で
そう思う場面が度々ありました。

ふつうやったら手助けするやろ

ふつうやったらすぐに手をださないでしょ

ふつうやったら迎えにいくでしょ

ふつうやったら待つやろ

ふつうやったら、、

ふつうやったら、、

ふつうってなに??

なんども普通の違いに出くわしたなぁ、、、
あ、今もですが。

「それぞれよね」

なんて悠長に言ってられない時もあり
そんな時は出来る限りふつうから離れ
客観視するように意識します。

渦中の自分もいれて
Aさん、Bさん、Cさん(自分)と考えるように。

距離をおいて見る

高い視点からみる

または可能な件は時間をおいてみる

、、など。

それをすると今何が必要か?

その順序が見えてくることがあります。

抽象的ではありますが
「ふつう」が一番ふつうじゃないって
思い知らされる日々です。