◆散歩が苦手な方へ(散歩しながら考え過ぎてしまう)

一般的に散歩は体にも心にも良いと言われますが、
カウンセリング内では人により負担になる方
または効果を感じられずストレスになる方もいらっしゃいます。

理由は人によって違いますが
充分な休養が足りていない状態に
外に出ることで緊張がおこり負担になるケース。
(→この場合は散歩しない方がいい)

または、散歩の時に色々考え過ぎてしまい
リラックス出来ないケースもあります。

散歩といえど合う合わないがあるでしょうし
特にカウンセリングでは散歩を勧めるにも
見極めが必要だと思いつつ。

今日は、例として
散歩中に考えすぎてしまう方への
対処法をご紹介しようと思います。

1、あえて五感の中の一つに意識を向けて歩く
 ・耳 ― 虫の音、風の音など
 ・目 ― 景色や空、草花など
 ・香り ― 木々や花の香り(金木犀の香りなど)
 ・触覚 ― 風の感じ、葉っぱを触りながら歩くなど
 (全部ではなく、一つずつに意識を向ける)

2、1人クイズをしながら歩く
 ・次に来る車の色は?
 ・門を曲がると最初に会う人は大人?子ども?性別は?

3、歩き方を変える
 ・競歩で早足
 ・ちょっとだけ息止め、緊張と弛緩を味わう
 ・誰も見ていなければスキップや、
  後ろ向き、大股歩きなどをする(こけないでね)

4、上半身をストレッチしながら歩く
 ・腕や肩を回しながら歩いたり万歳して伸びながら歩く

5、直感に従いいつもと違う道を歩くなどなど。

ちなみに私は気分により日変わりで色々やります。
(もちろん、なんにも意識せずただ歩く
又は考えごとしながら歩く時もあります)

負担になるならわざわざ散歩する必要はありませんが、
上記のバリエーションなら散歩を楽しめそうだなと思う方は、
ぜひ試してみてくださいね。

◆心配事の8割は起こらない

定期的にお会いするクライアントさん。

良くも悪くも前回と同じということは
ほぼありません。

心配事の8割は起こらないと言われますが
カウンセリングをしていると
それを実感させてもらう機会が多いです。

中には別の心配ごとに切り替わり
それどころじゃなくなった
という場合もありますけれど‥ね。

それはそれで一つの気がかりからは
離れられたということ。

またどのケースであっても
未来に心配事がある時点の今は、
未だそれは起こっていない!

現実ですね。

また実際に起こるかもしれない2割に対しては
なすすべがないわけではなく
どうすれば回避できるか?
何をすれば緩和できるのか?

対処を考えることができます。

それをすることで
心配の温度は下げることが可能。

先が見えないことに心配する時間を
少しでも安心に変えれるといいなと思います。

◆人のせいにしてもいい

遭遇する出来ごとや体験を人のせいにしない!

一時期、そう思ってがんばっていました。
特に心理学を学び始めた頃強かったです。

「自律=自分次第」というのを
何でもかんでも「自分のせい!自分が原因」と
勘違いしていたんです。

今思うとなに様だったんだろか…
そんなに万能なワケないですね。

なので理不尽なことにあっても
「自分次第=私のせい」って思っていた時は
ストイックで疲れやすかったです、心が。

今は、何か問題や悩みが起きた時
自分だけが全て原因とは思わないようにしています。

例え80%自分が要因でも
残り20%は他に理由があるはずと。

例えば、他人の影響
タイミングや運
過去の体験
複雑な人との繋がりなど

逆に、何でも人や外部のせいにするのも違和感。
要は極端になっていないか?だと思います。

というわけでコトによっては堂々と
人のせいにしていいょー!
(それを人にそのままぶつけるかは別)

起こった出来事の原因をフラットに並べ、
その上で
「自分次第で変えれることは何かな?」
「今出来ることは何かな?」と考えられるといいですね。

もし「自分のせい」にしがちの方は
一度、人のせいにするのもアリ。
(悪口言いふらすのとは違います)

安心な場や人を選んで口にしてみると
心を軽くし、整えるきっかけになると思います。

◆普段の相談と、心理カウンセリングの違い

心理カウンセリングを初めて受けられる方の中には
友人や知人に相談するのといったい何が違うの?
思われる方もいらっしゃると思います。

心理カウンセリングと一般的な相談の根本的な違いは、
「主観と経験」で話を聞くか、聞かないかです。

一般的な相談は
相談を受ける人の「主観や自らの経験」で話を聞き
アドバイスをすることが多いですが、

心理カウンセリングでは
カウンセラーの「主観や経験」は一旦横において、
心理学や心理療法や技法にあてはめ、
今目の前のクライアントに添ってお話を伺っていきます。

なので人によっては、これまでと違う相談の乗り方に
ほっとしたりラクになったりスッキリしたという方もいれば、
逆に違和感を感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

主観や経験値ではない分
最初はインパクトがなく思えたり
物足りなく感じることもあるんじゃないかな。

また心理カウンセリングでの関係は、
上下をつけず対等が基本です。

治す人、治してもらう人
教える人、教えられる人
という間柄や時間ではなく、
役割として相談する人、相談受ける人が存在する関係。

言葉で説明しづらいですね。

というのも実際は必要に応じて心理教育もしますし、
アドバイスをする時もあります。

ですが、それらは常に
どちらかが優れているかどうか?
ではありません。

またそれらをするタイミングも
相手に応じて見計らいます。

特に最初からやらない。
基本は相談者の気持ちをそのまんま受容し
理解しようとお話を伺っています。

とはいえ心理相談といえど様々なカウンセラーがいて
やり方も多様なので合うか合わないもありますね。

なら結びではホームページに
よくある質問としてカウンセリングについて
Q & Aを記載していますので
特に初めての方はそちらをご覧ください。

◆親ガチャ

若い子が使う言葉に
「親ガチャ」というのがあるそうです。

ご存知ない方何だと思います?
親がガチャガチャしてやかましいとか?
‥そんなわけないですね。

「親ガチャ」とは、子は親を選べない。

つまり良い親か悪い親か
また生まれた家や環境なども含め
「自分の不具合の要因はガチャガチャ(カプセルの)のようなもの」
という皮肉な意味あいで使われてる言葉だそうです。

確かにね。
子どもは親を選べません。

またカウンセリングをしていると
親ガチャ最悪!と言いたくなるような
ケースには多々出会いますし

そういう自分も
なんでこの親の元やったんやろ?と正解のない問いに
悶々と苦しんだ時代がありました。

が、親や生まれや環境にかかわらず
人生でうまくいかないことは
全て「ガチャ」が原因なのでしょうか?

運が全て?

もしそうなら、それこそ不幸すぎる!
なす術がひとつもないってことですものね。

確かに世の中には想像を絶する境遇や影響
それらを背負い生きておられる方々もいらっしゃいますが
少なくとも「親ガチャが」と軽く使う人たちにとっては
私はそれが全てではないと言いたい。

もしそうなら心理カウンセリングの
成果や効果もなくなります。

心理学では「原因帰属」という見方があり
おこる原因は運もありますが、
その他の「才能、時期(タイミング)努力、他者など」、
様々な要因と掛け合わせで「変化しうるもの」と言われます。

言いかえればたった一つの要因だけで
自分の未来は決まらないってこと。

少なくとも自分は
今もこれからもそれを信じて
公私とも歩んでいきたい。

とはいえ若い世代の人たちの
ネーミングセンスって
ある意味すごいなとちょっと感心も‥

それからもう一つ
子どもは親を選べないなら
親だって子どもを選べない
といえるのではないでしょうか。