◆学ぶたび、落ち込んでしまっていた私

心理学を学び始めた頃、最初はとても楽しかったのに
途中、しんどくなったり、また楽しくなったり波がありました。

理由は、内容が難しかったからではなく
先生の教え方がイマイチで…というわけでもなく。
トラウマに気づいたからという理由はまた別の話。

勉強すると「そっかぁー!わかったぁー!」と原因がわかり
嬉しくなるのですが時間がたつと、しんどくなるのです。

私、こんなに出来ていないんだ。

原因はわかったけど、まだまだ先長いやん。

先生はそういうけれど…。

〇〇さんはできているけれど
私は全然だめ

そんな波が何度もきました。
なぜだろう。

それは、心理学を学んで
自分で自分を裁いていたから。

つまり、学んだことで自分の出来ていないところを探して
自分を苦しめる道具にしていたからです。

これ、心理学に限らないですが。

学んだことが自分の見方になるような
そんな学び方をしていきたい。

学んだことで、人(自他)を裁く道具にしない。

そんな伝え方をしていきたい。
人としてまずそうありたい。

学びそのもの以上に学び方や関わり方が
本当に大切だと思います。

◆恋愛と親子関係の繋がり

カウンセリング事例には
親子関係の問題や課題が多いです。

不登校やひきこもりなど、現在進行中のものもあれば
一見、親子関係とは関係ないようにみえる人間関係や悩みも
紐解くとほぼ親子関係に行きつきます。

例えば恋愛も。

どうして私は自虐的な恋愛ばかりしてしまうんだろう?

なぜ冷めた恋愛を繰り返しめんどくさくなるんだろう?

しあわせなはずなのに、満たされない感覚がつきまとうのはなぜ?

他の人や、その他のものに刺激を求めてしまうのはなぜ? など。

特に恋愛となると、
体と心の結びつきが色濃くなるので
潜在的に抱えている問題が出やすくなります。

恋愛に限らず
全ての関係の源は親子関係。

その親子関係に失敗しているとしたら
特に結びつきの強い恋愛などのカテゴリーで
やり直そう、満たそう!と無意識が働くのです。

もう大人になったんだからと
ほっておいて(放置しておいて)
解決するかというとむしろ逆。

恋愛に限らず、
あらゆる人間関係のひずみには
親子関係がついて回ります。

今、特にそこまでひどい?泥沼化?していない人間関係でも
気になる方、あらゆる人付き合いの故郷=親子関係を見直すことで
繰り返す不毛な関係を改善できる糸口が見つかります。

変えられない運命や過去に翻弄されず
今ここから「選択」であらたに築いていけるチャンスに
心理カウンセリングや心理学を学ぶことを試してみられませんか?

気になる方はご相談ください。

◆やめるか続けるか、選択に迷った時の3つの方法

小さいことから大きいことまで、毎日選択の連続ですね。

私がここ近年で一番迷ったのは
仕事を辞めるか辞めないか、独立するかしないかでした。

人生の大きな転機の一つです。

その時なかなか答えが出せず、行ったり来たりしたのですが
選択するのにやったことは3つでした。

 【1】自己対話をする
 【2】人と話をする(聴いてもらう、意見をきく)
 【3】自然と繋がる

まず【1】の自己対話について。
とにかく自分と話をしました。

心理カウンセリンラーなので自分に心理療法や技法を使いました。
その1つが「論理的帰結(ろんりてききけつ)」です。

「論理的帰結」は、自分のとる行動の結果を
良い悪いに関わらず出来る限り明確にし、客観視する方法です。
やり方は簡単ですが、客観視と、細かく明確にすることがポイントになります。

<論理的帰結の手順> 
 1、自分の置かれている現在の状況を書きだす
  (出すだけに集中する)

 2、選択に迷う行動を1つずつ取り上げ
   その1つに対しての良い点と不都合な点をあらい出す。
  (考えられること全て細かく出し切る)
  [例]
  ・今の仕事を辞めたいときの良い点・不都合な点
  ・仕事を続けたときの良い点・不都合な点
  ・半年間保留にし、今の現状を続けたときの良い点・不都合な点

 3、2で出した両者を並べて気づいたことをさらに書き出す。
   自己対話をくりかえす。

 4、少し離れてみる

 5、今度の行動を決定する

以上が「論理的帰結」の手順で自己と対話する方法ですが
思考をフルに使う対話の仕方です。

人によってはこのやり方が合う合わないはありますが
自分との対話を整理し境界をひいて客観視して考えるには手助けしてくれます。

今、まさに選択に迷っている方は
仕分けの考えと手順をやってみて下さいね。

次に2の「人と話をする」ですが
こちらは、誰でもいいというわけではありません。
話す人、聴いてもらう人を間違えると余計混乱します。

では、どんな人がいいのか?選ぶ基準は2つです。

 1、普段、自分の話しが長すぎない人。
   一方的なアドバイスをしない人。
   理屈なく安心できる人、信頼できる人。

 2、自分と同じような立場になって
  乗り越えてきた人。または尊敬できる人。

私も選択で悩んだ時人に聴いてもらいます。

1の自己対話は(論理的帰結)効果ありますが
聴いてもらうことで更に自己対話が深まります。

聴いてくれる人は答えを出してくれる人ではなく
自分が悩み考えることを邪魔しない人です。

では、3の「自然と繋がる」について。
こちらは、1と2とは違って
ただ、ぼぉーっと考えることから離れてみることです。

一生懸命考えないこと。
自然にふれたり、五感が喜ぶ時間にあえて委ねてみること。
そして、その後に「どうしたい?」と
自分にハグするように優しく聴いてみてください。

ただし、時間を区切って試みてくださいね。
時間があるからといって何時間もやると心身疲労します。

私はカウンセリング時間と同じく
50分ほどやったら、一度スパッとやめます。
長いと逆に混乱します。

同じように、選択に悩む期間も決めることにしています。

どっちを選んでも
また、全く思いもよらない新たな選択が出て決断しても、あなたはあなたです。

3つを取り組むことで見えてくることがあるかもしれません。
悩むことは自分と人生を愛する行為だと私は思います。

人生の数多くの悩みを乗り越えた人ほど命の尊さを知る。
よりよい選択ができますように。

◆誤魔化さないで

小学4年生の頃、匂いつき消しゴムが流行り
私の持っているものを友達が欲しがりました。

その子はクラスでも目立つ子で
その子に嫌われるのが怖かったのと、好かれたかったのとで瞬時に
「2つあるから、家にある新しいのあげようか?」と言ってしまいました。

友達は大喜び。
しかも周りに自慢し始めました。

家にあるのは匂いつきの同じものではありません。

「なんで、あんなこと言ってしまったんだろう」

後悔したものの、後の祭り。

それから毎日「今日持ってきた?」と聞かれるたびに
嘘をつくようになりました。

「ごめん、忘れてた」
「ごめん、違うカバンに入れてしまった」
「ごめん、、だから。」

数日間、ごまかし続けました。

自分のしていることを悪いと思う罪悪感と
嫌われるのが怖いのと
うやむやにしているのが苦しいのと
嘘をついたのが恥ずかしいのと。

途中は事実をわかっていながら考えないように知らんふりをしたりして、
その数日間は、とてもしんどかったです。

結局ごまかし続けられず
「ごめん。無くなってん」と言い(← これも嘘)
しばらく口を聞いてもらえませんでした。

大人になって、こんなにあからさまなことはしなくても
自分を守るために、つい見栄をはったり、嘘をついたり
見てみないフリをしたり、ごまかしたりすることが、私はあります。
また人から受けることもあり、残念に思うこともあります。

ただ、そうすると失うものがあるんですね。

それは「信頼」

特に借りたものだったり、お金のやりとりの中の誤魔化しや
見て見ぬフリは信頼を壊します。

当人同士のことであっても、一方がそのような行動をすると
周り回って必ず自分に返ってきます。

見て見ぬフリをしない。
ごまかさない。
信頼を築くコミュニケーションです。

ただ、嘘や誤魔化し、見て見ぬフリをしてしまうのは
それなりの心を守りたい理由があると思います。

しかし、これらをすることで信頼を阻むだけでなく
苦しくなる自分も傷つけることを忘れないようにしたいですね。

◆「傷つけてしまった」と思う時

自分の発言や行動、決断で
相手が悲しい思いをしたり落ち込むことがあります。

そんな時、みなさんはどう思われますか?

・あんなこと言わなければよかった‥。
・今からなんとかならないかな?
・なんで、あんなことを言ってしまったんだろう‥。してしまったんだろう‥‥。
・今さらどうしようもないから仕方ない など。

グルグル考えがちです。
そして自分にこもってしまう。

私の場合自分がもし相手を傷つけるようなことがあったら自分に問いかけます。
傷つけようと思ってやったことなの?って。

そんなつもりでやったことは殆どないです。

その時の最善を選択をした結果だったはず。

その時のせーいっぱいの選択をした。

それ以上でも以下でもない。

自分を必要以上に責めたり
相手に申し訳ないと気にしすぎるのは違うと思います。

傷つくか傷つかないかは相手が感じることでもあります。

本当に悪いことをしたなら
それをただ謝って先の改善に活かすしかない。

その時、その時の最善をつくす。

そうやって今を生きて生きたいと思っています。