◆常に栄養ドリンクが必要だった方が変わられたこと。

「最近、栄養ドリンクを飲む量が減りました!」

うわーよかったですね!
すごいじゃないですか!!?

アダルトチルドレン回復講座を受けられていた
ある受講生様との以前の会話です。

常にがんばる!
常に走り続ける!
無理してでもやる!
人が喜んでくれるためだった。

そうやって栄養ドリンクを飲みながら
がんばっておられました。

ただそれが人に見返りを求めずしても
やりたいことだったとしても
心身が悲鳴をあげていることに気づかず
満たされない感覚がつきまとう
疲れが常に抜けない、、、

そんなサイクルの渦中にいらっしゃった受講生様。
栄養ドリンクなしではいられなかったんですよね。

アダルトチルドレン回復講座や
カウンセリングを受けられて約7か月。

自分が無理してまでもがんばっちゃう根本原因がわかり
無為意識と対面され、涙を流し
これまでの自分との関係、人付き合いを見直してこられました。

そして今。

今も変わらず人が喜ぶために日々
やりたい仕事に打ち込んでおられます。

ですが以前と違うのは人を大事にしてこられたように
自分を大切にできるようになられてきたことです。

外から栄養ドリンクをとらなくても
愛情の栄養を自らの内側から生み出せるようになられ
同時にがんばることへのバランスを考えられるようになりました。

自分に思いやりを向け、自身と相談しながら
日々過ごされるようになった今。
これまでは人に頼ることが苦手だった所も
変化されてきています。

その証拠に講座の最終回では

わたしよくやったなぁ
そして水崎さんと一緒にがんばれましたよね
2人でがんばりました!

とつぶやかれていました。

それ、めーっちゃうれしい。
とても嬉しかったです。

今やヘアースタイルを変えられたり
これまで抵抗があった分野のイベントに興味がわかれたり
チャレンジを決意されたり
それもこれも愛情栄養が内側にある証だと思います。
これからが更に楽しみですね。

ご一緒させて頂き
本当にありがとうございました。
私もまた愛情栄養満タン、おかげ様です。

アダルトチルドレン回復はマンツーマンで行います。
対面でもお電話でもご受講可能ですので
お気軽にお問い合わせください。

◆気で観る「願いが叶う人と叶わない人」

以前、気功の新屋先生とスタッフと
気功教室の打ち合わせをしていました。
(グループ電話にて)

その時は打ち合わせ → 気功のワークとなり
願望を叶えるエネルギーの使い方をレッスンして頂くことになりました。

願望がイメージした通りにならないのには
幾つかのポイントがあります。

◇ポイント1
疑う。信頼していない。

◇ポイント2
~しなければ叶わないという固定概念がある。
いわゆる思い込み。

◇ポイント3
願いに執着がある。

代表的なものはこれらですが
これ以外に私が1番の理由に思うのが、
『本当にそれ望んでるのか?』ということです。

これは無意識レベルの話なので解りづらいんですね。

私自身、時差はあってもサクッと叶う時と、そうでない時は
必ず3つのポイントと本当に望んでるのか?に当たります。

それを改善というか、本来の自然な状態で
一致(願望実現)させていくには下記が2点が必要不可欠です。

1、自分と繋がる
2、逃げない

電話でもこの話をとっかえひっかえしながら
各自振り返えり、これまでの気功教室を振り返えり
そして今後の教室の展望で盛り上がりました。

「逃げるか、逃げないか」

逃げてることにさえ気づいてないのが人のサガであります。
そもそも、逃げる=守るは人間(動物)の本能やもんなぁ、、と新屋先生。

よく願望実現のためには楽しいことばかりをして
良い気分で〜!と言われますが、それはそうなんだけど
それが逃げる、ごまかすためのものにすり替わっている場合があります。

そうすると結果、思うようにはいっていないはず。
結局、願望実現=自分と距離があいてるんですね。

逃げないとは起こることを人のせいにしたり
人任せにしないってことだと思います。

また知識や自己流に固執しないこともかなぁ。
素直になるってことかなぁ。

逃げるやごまかすは一時期的な納得や、快楽は得られるけれど
深い悦びは得られないもの。

そういう意味では、これからも
ずっとずっと続く学び、自分育てです。

◆うまくいかず指摘されて凹む時の対処法

勤めていた頃、ときどき
失敗ややらかしてしまうことがありました。

上司やお客様に指摘されると凹みます。

やってしまった!申し訳ないという思いともう一つ。
自分の全てを否定されたように思い凹んでいました。

全否定された気になるのは
当時の私が自己肯定感が低いからですが
相手からの指摘のされ方もあったと思います。

人前でお叱りを受ける場合と
時間や場を選んで伝えて下さる場合。

どちらも凹むけれど
全否定感は後者の方が断然少なかったです。
言い方も然りですね。

今は自営なので
このように上司からお叱りを受けることはなくなりましたが
やはり失敗やうまくいかずやっちゃった!申し訳ないと思う時はあります。

そんな時、凹みますが自分を全否定するのではなく
一部を反省し軌道修正しようと思っています。

そのためには、気持ちと事実を分けて
考えるようにしています。

いつ、どこで、誰が、なにをして
どうなったか?何が原因か。
どうすればこれから繰り返さないか。

自分が悪かったら心から詫び、自身は全否定しない。
凹むことは悪いことではないですから。

◆なんで私だけ好きな人に冷たくされるの?

「なんで私だけ同じようにしてもらわれへんのやろ?」

これは長年実家の父や母
きょうだいに対して思ってきたことでした。

妹はすごく可愛がられる。
色々してもらったり、モノをもらったりしている。
常にお父さん、お母さんの手伝いをそばでしている。

偶然に実家へ行くと、私以外の皆が集まり
食事を囲んでいることが度々あり
そのたびに言われる理由が
言い訳や口実のように思えてなりませんでした。

よし!もう実家になんか頼るもんか。
何でも私は自分でするんや!
それが自律(自立)でしょ?

そう決めて用事以外は極力行かないよう
頼らないよう見ないようにしてきました。

でも、わかったんです。

なぜ私だけ疎外されたかのように見えていたのか。

結論から言うと、妹と私の違いは
相手に見返りを求めるか求めないかの心根の違いでした。

ほしい

ほしい

ほしい

気にかけてほしい

認めてほしい

ほめてほしい

可愛がってほしい

欲しい星人、No.1だったんだ。

そうなるには、そうなる根深い理由があり
父や母、家族との関係であったことはわかりましたが
それを緩和するには時間がかかりました。

幼い頃に満たされなかったこと
それは実家だけでなく、あらゆる人間関係にも
繋がっていることがわかりました。

これだけしているのに
なぜあの人は可愛がられて私は違うんやろ?
これだけやってきたのに、今もそうなのに。

好きな人や愛してもらいたい人からは
臨む様に応えてもらえない。

もしそのように感じたり、うらやましさや悲しさがかすめるなら
その根本原因は過去の心の傷からくる「ほしいほしいビーム」おw
無意識に相手やまわりに、はなっているからかもしれません。

これがやっかいなことに
「そんなことないよ!私はもう自分を自分で満たしているから」
と見せかけることもできちゃうんです。

でも伝わるもんは伝わるんよね、、。

実家の父の体調をきっかけに
両親やきょうだいと密に関わる時間がたくさんありました。

いやおうなしに向き合わざるを得なかった
自分に残る「ほしい星人」&「ほしいビーム」だけど
私はもう自分で自分を満たしている自負がありました。

でも違った。
根深かったんです、これが。

ですが、今年の夏はスパッ!と
それを断ち切る瞬間がやってきました。

なぜなら、そんなこと言ってられないくらい
父にできるだけのことをしてあげたい!という状況に
追い込まれたからです。

私ができなくてもいい。
お父さんが望むことを1番にしたい。
妹がやれるなら影でいい。
神さま、お父さんを元気にしてください。

そう心の底から動いた時
ただ相手が望むことをしたい。
「ほしい」が「したいビーム」に変わりました。

見返りなく渡すだけ渡したい。
それを掴んだのです。

すると変わったんです。
家族からの私への対応が。

きょうだいからあは相談や頼られることが増え
体調がよくなった父からは可愛がってもらえ
呼んでもらえるようになりました。

そして妹がこれまでどれだけ見えないところで
両親にしてあげてきたかを知りました。

与えるという表現には違和感がありますが
思い当たらないので使うと
人にただ与えた人ほどそれがかえってきて
満たされないまま与えるひとは自分の本当にほしいものや
好きな人から距離があいていくんだろうな。

それが自然だったことにあらためて気がつきました。

結局のところ、自分が出来ているつもりになってるのは
それを認めると傷つくのが怖いんですよね。

という私もまだまだ持っています。
ほしいほしいビーム。

だってそれは仕方ない。
年季もんやから、それも自分。

ただそれが発動していることを
潔く認められるようになったのは成長の証だと思います。

◆相手の話しが長い場合の綺麗な切り上げ方

以前、仕事で関わっていた会社の偉いさんは
とても話の長い方でした。

しかも、仕事話 → 世間話 → 仕事話 → 世間話・・・・
とちゃんぽんになっています。

私は数か月に一回お逢いするくらいなので
あまり苦にはなならなかったのですが
頻繁に会う方は大変だと思います。

そんな時、何とかタイミングをみて
「すみません。次の予定がありまして」とか
「そろそろ、おいとましないと」と言いたいけれど
言いにく時ってありませんか?

言うには言うけど気まずいみたいな…。

そんな時、私は余韻を残すような言葉を
一言添えるようにしています。

余韻を残す言葉とは、たとえば
「せっかくためになる」「おもしろい」
「勉強になる」「貴重な」など
「お話を伺っていたのに残念です」と
会話を惜しむような気持ちを言葉に表す一言です。

あ、だからといって嘘をいうのではありません。

長話がくであろうとなかろうと
相手の話を中断することは事実ですから。

こちらの一方的な理由と
投げかけだけでは失礼になります。

また、逆も然り。
相手の都合を考えずに自分の話ばかりの
うっかり長話も気をつけたいですね。