◆頭のいい人に教えてもらった勉強をたのしくする極意

「頭ん中どないなってるんやろ?」

頭のいい人に会うとそう思いません?

世の中には、まるで機械のように吸収、理解、
出力がすんばらしい方がいて、
そのような方に会うと「同じ人間かい?」と思います(笑)

あ、ここで言う頭の良さとは
勉強や学習という意味で。

私の今のスーパーバイザー(←臨床心理士、公認心理師)の先生は
まさにそういう方で京大の大学院を出られ
病院や大学で心理職に従事されている方なのですが、、

まぁ何をきいても
スラスラ〜、ペラペラペラ〜・・

心理学は見えない心を扱いますが
だからこそそれを援助に使う場合
客観的で科学的であることもとても重要です。
(もちろん経験からクライアントから学ぶことは大前提として)

で、私は去年からここの部分を重点的に
チマチマチマと勉強を重ねてきているのですが
もう何回やっても覚えられん!
わからん!ぐるじぃ〜!を繰り返してきました。

そこで先生に勉強のやり方を聞くと
「ん〜わからんものは捨てたら?」‥‥て(笑)

私の場合、捨たらすっからかんになりますけど‥
と、心の声が聞こえたかはわかりませんが

先生いわく
「細部を勉強するのではなく大きいところから小さい所へ
理解し、覚えていってはどうですか?キリないから」
とアドバイスを頂きました。

大から小とは全体から細部へという意味

例えば一冊の参考書があれば
まず目次に沿って大項目を理解し→中→小へと進む
なーるほど、そっか〜。

これって普段のカウンセリングと同じやん!と気づきました。

カウンセリングでは
まず、相談者の全体像を捉えて
そこから個人の強みやリソース(資源)を見極め
その方や問題解決に向けた心理療法を選び組み合わせ
援助することを見立てていきます。

大概が全体から細部へという流れ。

おっと話しがそれましたが
要は勉強でも同じだということ。

そして、更に先生からは
「学ぶたびに自作の問題を作り自分で問いに答えなさい」
と教えていただきました。

つまり自分の中に2人の自分を
見立てて勉強するってことですね。

で、あれから数ヶ月。
教わったやり方でチマチマやっていたら
すこーしずつ、すこーしずつ
わからないことがわかるようになり
そして捨てるところが
わかるようになってきました。

だって〜
どこまでいってもキリない!

知らないことは誰しもいーっぱい‼︎、は当然
だから学ぶって楽しい、、かも。

そしてこれは知識に限らず
人間と一緒だなぁと。

というわけでめっちゃめちゃ苦手で
ウゲッとなっていた分野も
抵抗が薄らいできました。

捨てるところ?もバッサバサよー!

ぜんちゃん、とうちゃん
そっちー、こうちゃん

先日の勉強のおともだち
はて、誰?

ぜんちゃん → 前頭葉
とうちゃん → 頭頂葉
そっちー → 側頭葉
こうちゃん → 後頭葉

大脳の局所を理解する時も名前をつけて
その子の個性や役割を把握する
→ 水崎流勉強法!

そして全体から細部へ〜!
繋がる繋がる
勉強を楽しくする極意。

これらがいつか誰かに役立つ時がくるのか?
いやそれがあろうとなかろうといいや。

何より勉強から得ることは知識だけじゃない
気づきだらけだったんだ!と気づく今。

時に頭を悩ましながらも
チマチマやっていきたいと思います。

◆心身の疲労は、楽しい時でもおこります。

どんなにやる気がみなぎって
ワクワクする時間であったとしても
それが続くと心身は疲労します。

また、体の変化には比較的気づきやすいですが
心の疲労や消耗は自覚しにくいものですね。

「バーンアウト」なんて
その典型的(燃え尽き症候群)な1つ。

勢いよく発信、出力していたかと思いきや、プツッと途切れちゃう
またはエネルギー切れが極端になるのを繰り返したり。。

もちろんこれには個人差、体質
また環境や外部の変化との連動も絡んでおこることですが、
私も過去、何度かぶちあたりました。

仕事、人生の転機(結婚とか)
その他もろもろ…。

またバーンアウトまで行かなくとも
例えば、旅行や非日常的な行事等、
いつもと違う刺激や体験の度合いが大きい場合も
後々疲れた、、やる気がでない、しんどいと症状に出ることがあります。

そう考えるとストレス心身症状は
ショッキングな出来ごとのみではない

むしろ楽しく刺激的で高揚、興奮度が高いことが続く時にも
心身バランスを崩す繰り返し要因の一つになります。

楽しさやワクワク、やる気をセーブする、
出し惜しみするいうわけではありませんが
(そんなのもったいないー!笑)

うまくバランスを取るにはどんな場面でも
「今どういう時?」か俯瞰的に自分を見るようにして
楽しみは楽しみとして味わえると
そのあとの疲労や心身ケアも対処しやすいように思います。

良い悪いにかかわらず自分を観る、知る、ですね。

◆変わることに孤独感を感じることはありませんか

変わろう!とか
習慣を変えようとか
よし〇〇を目指そう!

そう思って行動をしだすと
「孤独」を感じる時があります。

みなさんはそんな風に感じられる時はありませんか?

私は去年から仕事関連のある資格を目指し
学習を続けてきたのですが
その時間を日常に取り入れると
これまでの生活を変え優先順位を決め
人付き合いや外出も取捨選択が必要になりました。

そしてそれは今も継続しています。

とはいえ資格が主役ではなく
またやらねばなはないことでもなく
やりたくてやっているのですが
勉強って楽しいけれど苦しい
いや苦しいけど楽しい、、どっちやねん
と行ったりきたりでありました。

そしてこれに限らず
どうも新しいことを身につけたり変化をしていくというのは
世界が拡がる楽しさや喜びと共に
どこかしら苦痛や「孤独感」を感じていました。

孤独感

それは手にしたい世界と引きかえに
これまでの関係が変わることへの寂しさだったり
好きな人たちや大事に思うものが
離れる、崩れるんじゃないか?という
「実態のない恐れ」だったと思います。

そんな風に思えるようになったのは
この生活に慣れてきたこと(慣れってすごい)
また学んできたことが人や自分に役に立っているのを実感したり、
またちょっとずつ自信になっていることに気づいたからかな

そして心配しなくても大事にしたいものは簡単には変わらない
それを実感したからかな。

「今は個を充実させる時だね」

先日、桃を送ってくださった方がかけてくださったことば
その一言にとても元気をもらいました。

「変わる」は孤独ではなく
「会わない、会えない」は別れでなく
それぞれがそれぞれのフィールドで
個を充実させていく時なんだ♪

憧れの未来に向けてたわわな実を結べるよう、
苦しい〜楽しい〜を繰り返しつつ、、続けていこう。

どんな時もひとりじゃない。

◆カウンセリングの卒業と、忘れること

ここ数日クライアントさんの卒業が相次いでいます。
同時に新規の方々のお申し込みも続いています。

不思議だなぁ
個々は知る由もないのに。。
廻るんですね

私は卒業される時に
いったんこれまでのお話を忘れます。

実際には記憶からなくなることはないし
その方を思い出さないなんてことは出来ないですし
大切な出会いと繋がりには変わりませんが、
そこをいったんあえて忘れる作業をします。

儀式みたいなものかな。
(カルテは5年保管しています)

それがカウンセリングで関わった方への敬意と礼儀であり
また私も卒業するからです。

だって嫌じゃないですか?

次どこかで会った時当時の自分をリアルに覚えている人が
自分以外に存在していて
人は変化していくのに相手の中には当時のままだったら。

極端な言い方かもしれませんが
私は心理職として記憶することと同時に
忘れることも大事にしたいと思っています。

あ、だからといってもう2度とカウンセリング受けないでと
拒んでいるわけではありませんよー。

必要な時に、必要な時間受けていただきたいと思っています。

笑顔で卒業
涙で卒業
なんとなく卒業
ここじゃないなと、卒業
人それぞれ、色々

だけど出会えたことはかえようのない事実
心からありがとうございます。

そしてこれからもお互いに
自分を自分で大事にしていく
その道をすすんでいくんですね。

心旅、続く。。。

◆「あの時は本当の自分じゃなかった!」と聞くとイラッとしたこと

「あの時は本当の自分じゃなかったんだよね」と
人が言っているのを聞くとイラッとする時期がありました。

特に昔仲良くしてた人や
一時期濃く関わった人には反応してたなぁ。

イラッとする理由を特に考えませんでしたが
最近同じようなことがあったので自分に聞いてみました。



イラッとしたなぁ

‥‥

なぁ、なんで?

‥‥だって、かなしい、やん

かなしい? 
かなしかったんか?

、、、らしいです。

そして更になんでかなしいのか聞いてみました。
するとこんなの出てきた。

その時の関係まで否定されているような気がしてさ

あ、ちゃうちゃう、関係じゃなく
自分をも否定されてるように思ったんやと思う

「本当の自分じゃない → 否定された」
そう変換したたみたい、、です。

あらららら
だーれも否定してへんよ

イラッとが、溶けていきました。