◆うまくいかず指摘されて凹む時の対処法

勤めていた頃、ときどき
失敗ややらかしてしまうことがありました。

上司やお客様に指摘されると凹みます。

やってしまった!申し訳ないという思いともう一つ。
自分の全てを否定されたように思い凹んでいました。

全否定された気になるのは
当時の私が自己肯定感が低いからですが
相手からの指摘のされ方もあったと思います。

人前でお叱りを受ける場合と
時間や場を選んで伝えて下さる場合。

どちらも凹むけれど
全否定感は後者の方が断然少なかったです。
言い方も然りですね。

今は自営なので
このように上司からお叱りを受けることはなくなりましたが
やはり失敗やうまくいかずやっちゃった!申し訳ないと思う時はあります。

そんな時、凹みますが自分を全否定するのではなく
一部を反省し軌道修正しようと思っています。

そのためには、気持ちと事実を分けて
考えるようにしています。

いつ、どこで、誰が、なにをして
どうなったか?何が原因か。
どうすればこれから繰り返さないか。

自分が悪かったら心から詫び、自身は全否定しない。
凹むことは悪いことではないですから。

◆なんで私だけ好きな人に冷たくされるの?

「なんで私だけ同じようにしてもらわれへんのやろ?」

これは長年実家の父や母
きょうだいに対して思ってきたことでした。

妹はすごく可愛がられる。
色々してもらったり、モノをもらったりしている。
常にお父さん、お母さんの手伝いをそばでしている。

偶然に実家へ行くと、私以外の皆が集まり
食事を囲んでいることが度々あり
そのたびに言われる理由が
言い訳や口実のように思えてなりませんでした。

よし!もう実家になんか頼るもんか。
何でも私は自分でするんや!
それが自律(自立)でしょ?

そう決めて用事以外は極力行かないよう
頼らないよう見ないようにしてきました。

でも、わかったんです。

なぜ私だけ疎外されたかのように見えていたのか。

結論から言うと、妹と私の違いは
相手に見返りを求めるか求めないかの心根の違いでした。

ほしい

ほしい

ほしい

気にかけてほしい

認めてほしい

ほめてほしい

可愛がってほしい

欲しい星人、No.1だったんだ。

そうなるには、そうなる根深い理由があり
父や母、家族との関係であったことはわかりましたが
それを緩和するには時間がかかりました。

幼い頃に満たされなかったこと
それは実家だけでなく、あらゆる人間関係にも
繋がっていることがわかりました。

これだけしているのに
なぜあの人は可愛がられて私は違うんやろ?
これだけやってきたのに、今もそうなのに。

好きな人や愛してもらいたい人からは
臨む様に応えてもらえない。

もしそのように感じたり、うらやましさや悲しさがかすめるなら
その根本原因は過去の心の傷からくる「ほしいほしいビーム」おw
無意識に相手やまわりに、はなっているからかもしれません。

これがやっかいなことに
「そんなことないよ!私はもう自分を自分で満たしているから」
と見せかけることもできちゃうんです。

でも伝わるもんは伝わるんよね、、。

実家の父の体調をきっかけに
両親やきょうだいと密に関わる時間がたくさんありました。

いやおうなしに向き合わざるを得なかった
自分に残る「ほしい星人」&「ほしいビーム」だけど
私はもう自分で自分を満たしている自負がありました。

でも違った。
根深かったんです、これが。

ですが、今年の夏はスパッ!と
それを断ち切る瞬間がやってきました。

なぜなら、そんなこと言ってられないくらい
父にできるだけのことをしてあげたい!という状況に
追い込まれたからです。

私ができなくてもいい。
お父さんが望むことを1番にしたい。
妹がやれるなら影でいい。
神さま、お父さんを元気にしてください。

そう心の底から動いた時
ただ相手が望むことをしたい。
「ほしい」が「したいビーム」に変わりました。

見返りなく渡すだけ渡したい。
それを掴んだのです。

すると変わったんです。
家族からの私への対応が。

きょうだいからあは相談や頼られることが増え
体調がよくなった父からは可愛がってもらえ
呼んでもらえるようになりました。

そして妹がこれまでどれだけ見えないところで
両親にしてあげてきたかを知りました。

与えるという表現には違和感がありますが
思い当たらないので使うと
人にただ与えた人ほどそれがかえってきて
満たされないまま与えるひとは自分の本当にほしいものや
好きな人から距離があいていくんだろうな。

それが自然だったことにあらためて気がつきました。

結局のところ、自分が出来ているつもりになってるのは
それを認めると傷つくのが怖いんですよね。

という私もまだまだ持っています。
ほしいほしいビーム。

だってそれは仕方ない。
年季もんやから、それも自分。

ただそれが発動していることを
潔く認められるようになったのは成長の証だと思います。

◆相手の話しが長い場合の綺麗な切り上げ方

以前、仕事で関わっていた会社の偉いさんは
とても話の長い方でした。

しかも、仕事話 → 世間話 → 仕事話 → 世間話・・・・
とちゃんぽんになっています。

私は数か月に一回お逢いするくらいなので
あまり苦にはなならなかったのですが
頻繁に会う方は大変だと思います。

そんな時、何とかタイミングをみて
「すみません。次の予定がありまして」とか
「そろそろ、おいとましないと」と言いたいけれど
言いにく時ってありませんか?

言うには言うけど気まずいみたいな…。

そんな時、私は余韻を残すような言葉を
一言添えるようにしています。

余韻を残す言葉とは、たとえば
「せっかくためになる」「おもしろい」
「勉強になる」「貴重な」など
「お話を伺っていたのに残念です」と
会話を惜しむような気持ちを言葉に表す一言です。

あ、だからといって嘘をいうのではありません。

長話がくであろうとなかろうと
相手の話を中断することは事実ですから。

こちらの一方的な理由と
投げかけだけでは失礼になります。

また、逆も然り。
相手の都合を考えずに自分の話ばかりの
うっかり長話も気をつけたいですね。

◆人付きあいリスクとリターン

ハイリスクハイリターン
ローリスクローリターン

投資用語で使われますが
人間関係も同じだなと思います。

積極的に人と関わると
傷ついたり消耗するリスクはあるけれど
その分様々な情報を得たり世界が広がったり
考え方、モノの見方が豊かになり
人脈や経験などの財産が増えます。

逆に傷つくことを恐れ狭めれば狭めるほど
リスクは避けられますがリターンも同様。

どの世界でも理にかなっていますね。

ハイリスクハイリターンの恩恵を受けるには
「良く知ること」だと言われます。

投資の世界であれば「お金」
人間関係であれば1つが「心理学」をよく知り
身につけ日常使いすること、かな。

学んで知って経験するのと
行き当たりばったりで
経験を積むのとでは違いますね。

まぁ知ってても
それに臨むかどうかは個人の自由ですが。

どんな世界でも知ることは
豊かさを生む投資だと
しみじみ感じる今日この頃です。

◆常に栄養ドリンクが必要だった方が変わられたこと。

「最近栄養ドリンクを飲む量が減りました!」

私:うわーよかったですねー!
スゴイじゃないですか!?

アダルトチルドレン回復講座を受けられていた
ある受講生様との以前の会話です。

常にがんばる!
常に走り続ける!
無理してでもやる!
人が喜んでくれるためだったら。

そうやって栄養ドリンクを飲みながら
がんばっておられました。

ただそれが人に見返りを求めずしても
やりたいことだったとしても
心身が悲鳴を上げていることに気づかず
やってもやっても終わりがないような虚しさが残る、
満たされない感覚がつきまとう
疲れが常に抜けない、、、

そんなサイクルの渦中にいらっしゃった受講生さま。
栄養ドリンクなしではいられなかったんですよね。

アダルトチルドレン回復講座や
カウンセリングを受けられて約7ヶ月。

自分が無理してまでも
がんばっちゃう根本原因がわかり
無意識と対面され、涙を流し
これまでの自分との関係人づきあいを
見直してこられました。

そして今。

今も変わらず人が喜ぶために日々
やりたい仕事に打ち込んでおられます。

ですが以前と違うのは人を大事にしてこられたように
自分を大切にできるようになられてきたことです。

外から栄養ドリンクをとらなくとも
愛情の栄養を自らの内側から生み出せるようになられ
同時にがんばることへの
バランスを考えられるようになりました。

自分に思いやりを向け自身と相談しながら
日々過ごされるようになった今。

これまでは人に頼ることが苦手だった所も
変化されてきています。

その証拠に講座の最終回では、

『わたしよくやったなぁ。
そして水崎さんと一緒にがんばれましたよね。
2人でがんばりました!』

とつぶやかれていました。

めっちゃうれしい。
とても嬉しかったです。

今やヘアースタイルを変えられたり
これまで抵抗があった分野のイベントに興味が湧かれたり
チャレンジを決意されたり
それもこれも愛情栄養が内側にある証だと思います。

私もまた愛情栄養満タン!おかげ様です。

アダルトチルドレン回復講座は
マンツーマンで行います。
対面でも、お電話でも可能です。