◆父からもらったやさしさの種

やさしいなぁ。
ある日、父の通院に付き添って思いました。

診察が終わり会計になって
お札をだしたお父さん。

出してすぐ
「ちょっと待ってください」
と受付の人に言って私に小銭入れを渡し

「あるだけ小銭だしてくれるか?
ほら、ここに小銭が不足してますって書いてあるから」
と小さく貼られた張り紙を指しました。

診療所をでたら
「ここのスタッフさん何人いてはるんやろ?
お世話になってるから、なんか喜ばはるもんあげたいなぁ」
といい、車に乗ったら

「晩御飯は今から作るんか?スーパー寄って
なんか買って帰ったらどうや?今から行こう」
という父(行きませんでした)

杖をついて歩くようになって
体も行動も変化してくけれどやさしさは変わらない。

むしろ更に深まっているように感じます。

きっと私の中に「やさしさ」の種があるならば
間違いなくそれをもらった一人がお父さんだと思う。

日本で生まれた心理療法の1つに浄土真宗の「身調べ」をもとに
吉田伊人が開発した内観療法があります。

両親や身近な人の影響のある存在との関わりで

(1)して頂いたこと
(2)して返したこと
(3)迷惑かけたこと

これら3つを集中内観では合宿形式で1週間
日常内観では1~2時間、
ひたすら内観➡反省するという療法です。

私は時々セルフカウンセリングや
心理カウンセリングで取り入れることがあります。

これをやると自己中な自分が
他者の愛に生かされていることに理解と感謝がわき
やさしさに包まれます。

ありがたいです。

◆人の力に押されて、やれることをやる!それだけ。

今年は勉強するんだ!

そう決めて、とある目標に向けて
春から頑張ってきました。

我ながらよくやってる!
毎日、自分へ一言メッセージを書いて
励ましてやっています。

日常生活、仕事、両親や家族のこと
日々色々あります。

そっちの方が
難問だと思うこともあります。

色々あるのは自分だけじゃない
皆なにかしらあると思います。

また、学生のように
それだけに集中できない日常だけれど
それでもなぜできるのか?

この1ヶ月は1日6時間以上勉強してる。
やっぱMなのか?、、、みずさきだけに。

いや、そうじゅありません。

できるのは自分も含めた
「人」の力だと思います。

私は欲張りなので
目標を達成した時の利得を考えます。

でも、それだけじゃないなぁ。

しばらく会っていないけれど
これまで優しやさや思いやりをくれた人。

応援をしてくれている人。

間違いや過ちを赦してくれてきた人。

そして、行き詰った時
辛かった時に励ましてくれて
可能性を信じて助けてくれきた人。

いつも気づきをくれる心理学。

それらが背中を押してくれているように感じます。

何に関しても楽しいことが一番と言われるけれど
その楽しさにも色々あると思う。

地味な努力でも、
それを積み重ねた先に出会えるのも楽しさで
その経験がまた次の力になるよね。

とはいえ、頑張りたくても力がでない
そんなに打ち込めるものがワカラナイ
すぐ中途半端になってしまう
そうやって出来る人はその人だからちゃう?

こんな風に思っていた時期も
これまでに何回もありました。

もしかするとこれからも
そんな時期が来るのかもしれないけれど。

でもさ、それは自分のもともと持っている
潜在能力に気づいていないだけ
お休み中なだけ、発揮していないだけ
どんな人にももともとあるんだから大丈夫!

運命で生きるのではく
与えられた命の上に立って選択で生きていこう!

と、過去に人や本から言われれた言葉が
脳内に繰り返され、それがまた背中をおしてくれています。

またそれを実証するためにもトライし続けたい。
そう思っています。

やれることをやる、それだけ!
人の力のおかげ。
いつもありがとうございます。

◆正論や勢いで人は動かない

先日、買い物に行った時レジの人の名札が
「北風」と書いてあり
「珍しいお名前ですね」と思わず声をかけました。

「そんなんです♪ 未だに同性に合ったことはないんですよ」
と笑顔がとても可愛い方で対応も気持ちよく
今度来たらまたこの方にあたるといいなと思いました。

イソップ物語に「北風と太陽」の話しがあります。

ご存知の方が多いと思いますが
北風と太陽が、旅人のコートを
どちらが早く脱がせられるかを競うお話です。

北風は自信満々に風を吹いてコートを脱がせようとしますが
旅人は強ければ強いほど頑なに脱がず、それ以上に守ろうとします。

一方で太陽がただ陽を当て続けると
旅人は自ら服を脱ぎ始めます。

その日、父と電話で話をする機会があり
私は父がこれからとろうとしている行動に
反対したくなりました。

それは父の体に関係することだったからです。

「アカンて、お父さん」と言いかけた時
「北風と太陽」の話を思い出しました。

電話でしたが、意識して顔を笑顔にし
父の思いをじっくりきいて
最後に私の考えを短く伝え
「考えてみてほしい」と言いました。

すると、数分後「考え直した」と電話がありました。

よかったぁ~
ホッとしました。

北風と太陽の話。

身近な人ほど、また自分が心配や不安になる時ほど
勢いや正論で押し付けたくなりますが
そういう時ほど笑顔で
かつ真剣にぽかぽかと対応ですね。

そうそう。
カウンセリングの基本は太陽です。
日常でも意識していきたいと思います。

◆パンと、リソースと、心理カウンセリング

初めて心理カウンセリングを受けた時
担当のカウンセラーに
「水崎さんは、感受性や想像力が豊かですね。
だからこそ辛くなることも多いかと思いますが
その特性を活かしてカウンセリングをしていきましょう」
と言われ見立て(方針)を説明して頂きました。

話は変わりますが、近所に美味しくて行列ができる
パン屋さんがいくつかあります。

中には食パン1斤1,000円近くするパン屋さんも。

それだけの値段でも夕方には
売り切れることも多くすごい人気です。

先日、とあるパン屋さんに
食パンを買いにいきました。

私がレジで支払おうとすると
店員さんに声をかけられました。

「あと5分まって頂いたら今日のが焼きあがります。
そちらは昨日の焼き上がりなのでお取替えしましょうか?」

わ~親切、正直だわぁ!と思いましたが
その時は約束があり人を待たせていたので
前日のパンを包んでもらいました。

ふとレジ横をみると
今日のパン待ちのお客さんがおられ
さらに店員さんの足元をみると
昨日のパンが山積みに置かれていました。

この昨日のパンたちはどうなるんやろか、、。

そういえば、別の有名なパン屋さんで
バイトをしている知人から
一日に何十個、何十本の高級パンが
廃棄されているとききました。

それらは売れ残りではなく素人目にはわからないくらいの
形の歪みやシミがあるだけで廃棄されるそうです。

面目には、体に安全でこだわりぬいた素材や材料を
うたっている有名ブランドパン屋さんです。

なんだかな。

それを聞いてモヤモヤしました。

有名店だけにブランドイメージがあり
値下げが難しくどこかに分けるにも
食品衛生上の問題などがあるのかもしれませんね。

でもその資源もったいない。
豊かさってなんだろうか?
考えてしまいます。

分野は違いますが
冒頭でのカウンセリングの一件。

今では自分がカウンセラーの立場になり、私もまた
「クライアントの資源(リソース)を活かす援助」
を心掛けています。

といっても心がけも何も心理職であれば
当たり前のことなんですが、、。

食品のようにもったいないからという理由ではなくてね。

「資源を活かす=可能性を拡げる」

パンであれ、カウンセリングであれ
豊かさを追求する根っこは
同じ香りがすると思うのは私だけでしょうか。

◆記憶、認知症、人生

人生は記憶でつくられている
と聞いたことがあります。

どこでだっけな?
テレビかな?
心理学の勉強だったかな?
本かな?

忘れてしまいましたが…。

気を取り直して
高齢化社会になり
70才以上が5人に1人という現代。

年金問題、介護、そして認知症は
社会問題になっています。

自分には、まだ時間あるし先だなと思っていましたが
他人ごとではないと思う今日のこの頃。

カウンセリングや、プライベートでも
向き合う案件の1つです。

例えば、脳の老化によっておこる認知症ですが
家族や身近な人が変化していく姿を目の当たりにし
受けとめるには相当の心的エネルギーを要します。

認知症と言っても種類は数種類あり
その中でも多いのが
アルツハイマー型認知症と言われます。

他には前頭側頭型認知症、
レビー小体型認知症、血管性認知症と
出方や行動も様々です。

家族が認知症になると、本人だけなく
周りの生活も自ずと変わってきます。

アルツハイマー型認知症では
初期の段階では遠い過去の記憶はハッキリしていますが
新たな体験が覚えられないという順行性健忘が特徴のひとつです。

要は記憶に関する「時」が
「今」でとまっていくということ。

周りにいる人は何度も過去の話を聞き、
そして繰り返し同じことを伝えることが少なくありません。

さっき言ったやん〜!
また?、、、は通じない。

なぜならそれが病気だからです。

「人生は記憶でつくられている」

それが真ならば記憶障害という病気になった人や
その家族や周りの人は
どう受け止めたらいいんだろうか。

最近、私はこんな風に
考えるようになりました。

新たなことを覚えられなくなるなら
身近にいる自分が
その人との「今」を記憶すればいい。

繰り返し昔の話をするならば
それはそのものがその人の生きた証であり人生だから
尊敬をもってよろこんで聴こう。

人は変化することが人生そのものだから

これは認知症に限りませんね。
自分もそう。

認知症の方が自身の変化に混乱し
抑うつや神経症を併発したり
また支える周りの人が
ストレスで共倒れになりかねない
事態も数多くあります。

ひとりで抱えないとはよく言われます

二次的被害予防のためにも
まず自分の心身の健康を優先的に考えることは
とても大切だと思います。

また公のサービス、行政の相談窓口の利用も
力になってくれます。

知らないことが
2次的被害や悪循環になることの
どれだけ多いことか。

心理職としても
現代社会における諸問題について
「知る」「理解する」「共に生きる」を
深めていきたいと思います。