◆「あの時は本当の自分じゃなかった!」と聞くとイラッとしたこと

「あの時は本当の自分じゃなかったんだよね」と
人が言っているのを聞くとイラッとする時期がありました。

特に昔仲良くしてた人や
一時期濃く関わった人には反応してたなぁ。

イラッとする理由を特に考えませんでしたが
最近同じようなことがあったので自分に聞いてみました。



イラッとしたなぁ

‥‥

なぁ、なんで?

‥‥だって、かなしい、やん

かなしい? 
かなしかったんか?

、、、らしいです。

そして更になんでかなしいのか聞いてみました。
するとこんなの出てきた。

その時の関係まで否定されているような気がしてさ

あ、ちゃうちゃう、関係じゃなく
自分をも否定されてるように思ったんやと思う

「本当の自分じゃない → 否定された」
そう変換したたみたい、、です。

あらららら
だーれも否定してへんよ

イラッとが、溶けていきました。

◆めんどくさいこと、おっくうなことを気分よく継続する秘訣

我が家は1週間に一回窓拭き、床拭きをします。
玄関拭き、トイレ掃除は毎日です。

めんどくさい、おっくうだと思う時もありますが
ずっと続いています。

なぜ続けられるのか?

それは「得」だからです。

窓拭きや床拭きをただの掃除にしない。
自分にとって得するんだ!と意味づけをする。

これが続く秘訣です。

なのでめんどくさい、おっくうなことほど
ブツブツ言いながら(心の中)やっています。

窓拭きブツブツ・・・
吹くたび見通し良くなる!
よい情報が入ってくる!ラッキー!

床拭きブツブツ・・・
拭けば拭くほどいらないものや邪気か出ていき
体も心もスッキリ!ひゃっほー!

トイレ掃除ブツブツ・・・
循環循環循環!
お金の巡りがよくなる、よくなる、よくなーる!

掃除に限らずめんどくさい、おっくうなこと
または後回しにしがちなことほど意味づけして行う価値あり♪

そして本当に言ってる通りになっちゃったりするのね、これ。

身近なところからの「得ポイント溜め」
いかがでしょうか?

◆怒りのダブルパンチ

怒りのダブルパンチ!

例えばこんな場合⇓

「だんなに無性に腹が立つんです。昔酷い言い方されたり
私が大変だった時に何もしなかったくせに、
自分が大変になると、わかってくれ手伝ってくれ〜って?!
都合よすぎやろ‼︎ってイライラします‼︎」

と言う一方で

「でもそんなことでいちいち腹立てている自分にも
イラつくんです。今さらなのにって‼︎ あぁーもうっ」

相手にムカつく、そして自分にもムカつく
怒りのダブルパンチ‼︎

そら、しんどいわな。

怒りの矛先がどこであれ
その源泉が自分から湧いているんだもの。

この悪循環に陥ると空虚感がつのり無気力に向かうか、
反対に衝動的な行動に走ってしまうなどよろしくありません。

どちらにしろ苦痛なのは自分。

ここでいう怒りは怒りそのものではなく
その下にある満たされなかった思いや傷ついた心、
未浄化の感情が怒りの表現になってすり替わった表現です。

なので怒りのダブルパンチが繰り返えされている時ほど
気づいてよ〜わかってよ〜と心の奥底で叫んでいる
自分のピュアで自然な思いに気づいて認めてあげてくださいね。

そうすることで怒りが湧いても感情まかせにならず
怒りに翻弄されにくくなります。

怒りは自分の本心を教えてくれる
大事な一部ですね。

◆「何で?」を連発する時は責めている時

どんなに気のあう人でも
どんなに好きな人でも
どんなに恩があっても

理解しがたいところ、わかりあえないところ
不快に思うところはあって当たり前!

って、頭ではわかっていても
心と体と言動がついていかない時があります。

そんな時は大概疲れている時です。

体か?心か?そのどちらもか?

とにかく疲れている時
ストレスが溜まっている時に多い気がするなぁ

そして、そんな時(相手と噛み合わない時やぶつかる時)
「なんで?」「なんで?」を連発したりする、、、しませんか?

何で?って何回もゆうのは
何でやねん?、、、って話(笑)ですね

その「何で」は理由聞いているようで聞いてるわけじゃない
責めてるんですよね。

そういう時は余計にこじれるし
更に気分悪くなるので出来るなら
いったん離れるに限ります。

そうそう

そしてどんなに親しくてもふみこまない、ふみこめない
知らないままでいる領域を尊重すること。

これ、なかなかに難しい、、、

7月を振り返えるとプライベートでは
何で?何で?が多かったです。
疲れてたんやろなぁ。

何で?から気づく心の自分状態
ひとつのバロメーター!

自分に労わりと愛を、ですね。

◆父と、明治大学の学長のメッセージ

父は逢うたび同じ話しをします。

人って年をとると人生の中でより印象に残った場面や
出来ごとが強調され鮮明になるんですね。

諸説では10代〜30代の体験や経験が
その後に影響に強く及ぼし土台になり、
また年老いた時の振り返り反復になると言われますが‥

そんな中、何度きいてもすごいなと
思うのが父の大学生時代の話しです。

父は母子家庭で貧乏だったので奨学金で大学に行きました。

当時の奨学金は今と違って成績優秀者には全額返さないものがあり
また幾種も重複してもらえたそうです。

父はそれを全部もらい
大学時代は毎日家庭教師でかせぎ
卒業時には当時のお金で将来に備え400万ほど(当時の価値)
残していたとか。。

また在学中に教授に英文学本の出版のため翻訳の手伝いを頼まれ
その謝礼に数万円もらい、そのお金で
新しい辞書を買って更に勉強したそうです。

話しは変わりますがコロナウィルスの流行で
思うように大学へ行けず
「授業料を返せ!」という学生たちに
明治大学の学長が自らメッセージを送られていました。

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オンライン授業の参加、バイトの制限
こんなはずじゃなかったというのはわかる

ただだからこそこのような状況で
将来自分が何をしたいのか、どんな風になりたいのか
そのためにどんなことをするのか
自らの目的を考えてほしい

社会に出たら
思いどおりにならないことに出逢うはず。

そんな時にも乗り超えていけるかは自分次第

大学も今の困難な状況、想定外の窮地に
何ができるかを全力で考えている
———–

まとめるとこのような内容をおっしゃっていました。

父の学生時代の話し、今の明治大学の学長の話し
共通があるように思え
また大学生だけへのメッセージではないように感じています。

因みに父は明治大学ではありません。
ですがうちの息子(父の孫)と父は
同じ大学の同学部に進学しました。

お父さんのように
奨学金もらえるわけではないけどね〜笑

どんな未曾有でも世間や社会がどうあろうと
自分が何を選択し何に投資をするのか?
心や時間をどう使う?どうする?

ピンチもチャンスも自分次第。

2人の大先輩たちからのメッセージ
今の私にもよく効いています。