8年間うつで苦しんだ私の話


今、1人で悩み苦しんでいる方、カウンセリングを受けようか迷っている方の
お役に立てばと思い、こちらのお話を掲載しました。
少し長いですが、どうぞごゆっくりお読みください。





私は30代の8年間うつでした。
心理カウンセラーになる前のことです。

一番ひどかったのは2,3年ですが、感情の浮き沈みが激しく
合わせて仕事依存症だったので、周りには一番ひどいとき以外は
わかりにくかったかもしれません。

自分のことが好きではない。
自分を信じられない。
自分と周りを常に比較してしまう。
そして自分がワカラナイ・・・そんな渦の中にいた時代でした。



依存症は大きく分けると2通りあります。

①依存症-行動・行為に依存。
(仕事、アルコール、買い物、趣味、薬物など)

②共依存症-人依存
 人を介して自分の買いが決まる。人のために動いて自分のことがおろそかになる。


私は①も②も強くて、自己肯定感が極度に低かったです。
今、お会いする方には私は、基本明るくてよく笑う人かもしれませんね。

でも、うつの時代も笑っていたんですよ。ただ根本的な違いは、昔は心の穴を埋めるための笑いで
今は心が満たされて自然に沸き起こる笑いという感じでしょうか。


30代半ば。はかない感じ。



現在(40代)




当時はいつも心にぽっかり穴が開いているようで
動いていなければ、また誰かに良しと言ってもらわなければ生き辛かったです。

うつ以外にも不安症や恐怖症、パニック障害、摂食障害(過食・拒食)など
精神性ストレス症状のオンパレードでした。

そんな状態だったので、家族関係もめちゃくちゃで夫婦は仮面、子育ては苦しい、
でも人の子どもたちを一生懸命観るというアンバランスな毎日でした。


くるしい。
でももうちょっとがんばればなんとかなるかも…。

そう思いつつも症状は加速していきました。




ある日、そんな私を見かねた知り合いの年上の女性が病院へいこうと促しました。
彼女は当時の仕事関係で知り合いだった方です。元、心理カウンセラーでした。

「ぜったいにヤダ!行きたくない!!」

抵抗しました。
「誰か助けてほしい」と心の底では思っているものの、
自分を信用できない私は本当に人を信用することがわからないまま
また自分がおかしいと言われているようでショックでした。

かなり抵抗しましたが、説得を受け心療内科へ受診することになりました。





緊張して息がつまりそうな待ち時間。
15分ほどが重く長く感じたのを今でも覚えています。

先生は女医さんでした。
ちらっと私を見て、淡々と問診を始められました。

日常生活、家族、子育て、現在の症状等。
そして過去の家族構成を少し。
ひとしきり質問に答えると、先生がきかれました。

「今日一緒についてきくれた人は?あなたの話を聞いてくれる人?」

はい、なんでも話せます。

「じゃあ、今よりも体重が2キロ落ちるようなことがあったらまた来てください。
おかえりくださって結構です。」

(え?それだけ?)は、はい。

「ひとつ聞きたいんだけど、あなたにとって、お母さんはどんな存在なの?」

・・・・・・・。

「お母さんは、ご健在なの?」

はい。・・。



自分にとって母とはどんな存在?
この一言が、ずしりと響きました。

結局、薬をだされることなく、次の予約をとることもなく診察は終わりました。
診察時間、約20分、終わった後は拍子抜け。

待合室にいた付き添いの知人も内容を聞いて少しびっくりしたようでした。

何故なら今思うと私の症状はかなりひどかったからです。

摂食障害の拒食と過食をくりかえし、どんどん体重が落ちていった当時
食べ物に対しては、特に脅威的に食べる吐くを繰り返していました。

これは心の穴が満たされない、また愛情を求めるがゆえに衝動的に食べ
そして後悔してなかったことにするという病的症状です。

それでも先生はあと2キロ落ちるまで来なくていいという。

一緒に行った知人は随分後になってから私に言いました。
「いい先生だったんだね」と。

私もそう思います。
先生に真意を聞かない限りわかりませんが
私の力(よくなる力)を信じてくださったんだと思うのです。

そしてそれはやみくもにではなく、たった数十分の問診から
性格や個性を見抜き、さらに心許せる知人=元カウンセラーが近くにいることを
ふまえての判断だったのかと推測します。







それにしても病院を出てから私の心の中では、重く大きな塊が居座っていました。

それは母の存在に対する先生の問い。

それに答えられない自分探しの旅がそこから、数年かけて始まるとは思ってもみませんでした。
いや、すでに、私の人生はその課題をもって歩いてきたのかもしれません。


心療内科に行ったのは、後にも先にもその時限りです。
その後症状はすぐに回復することはなかったのですが
体重は2キロ落ちることはありませんでした。

そして病院に連れて行ってくれた年上の元心理カウンセラーの知人は
その後、約8年の間仕事を通じて(幼児教育)、いつも近くにいる存在だったのです。

それからの数年後、症状がほぼ消えるまで
知人がことあるごとに言い続けてくれた言葉があります。

それは「あなたのことを信じているよ」

まるで呪文のように。
言葉だけではなく態度で示されることのほうが多かったかもしれません。







心療内科できかれた「あなたにとってお母さんはどんな存在?」
この言葉はその後も私の中でくすぶり続けていました。

私の症状と母との関係に何の繋がりがあるのよ?
いい大人だし、今さらお母さんって?
そう思っていました。

母は私にとても厳しい人でした。

ここで私の家族構成を少し書きます。

私の実家は6人家族。
父母に、寝たきりの祖母ときょうだい3人で、父は生まれた時から20数年単身赴任でした。

子煩悩な父は家族思いでしたが、日常の苦楽はわかちあわない関係でした。

寝たきりの祖母を抱え子育てで必死で、体が弱かった母は本当に大変だったと思います。

また、母は責任感が強く頑張り屋さんで人に頼らずイライラしそのはけ口が私でした。
毎日怒られてばかり。

私がいい子じゃないから怒るんだ。
母の期待にこたえなくちゃ。

小さいころから大人の顔色をみて、期待にこたえるようになった
生き方が身についたのはそのためです。

つまり子どもでありながら、大人のような振る舞いをしなければならない家族だったのです。







うつになった当時、私は幼児教育に携わって12,3年でしたが
子育てのお母さんのサポートに力を入れていました。
(自分の子どもより仕事。依存症とはいえアンバランスでしたね)

子どもの健全な成長に必要なものは、無条件の愛情と基本的な信頼だと
伝え続けていたのは、私が両親からほしかったものだったんですね。

だけど、どれだけ一生懸命、外に求めても心の穴は埋まりません。

思えば仕事だけでなく、恋愛や結婚、子育てや夫婦、家族にもそれを求め続けていました。


一番ほしかったのもの。 
それは条件なしの愛情。

○○だからとよい。
○○できたから認める。ではなく、

あなたは、あなた。
あなたの存在が大事。
そう認めてほしくてたまらなかったのです。

つまりそれは、自分は自分。自分の存在が大事。
と自分を認める肯定感がほしかった!!ってこと。

どんなに努力しても知識や能力やお金を手に入れても、この自己肯定感がなければ
本来の安心や穏やかさを感じることができないのだと後々気が付きました。

当時の私にとって「母とはどんな存在?」
それは無条件の愛を一番もらいたかった存在だったのですね。





そんな風に心底気づくことができたのは
幼児教育から心理カウンセラーの道に進んだ後ですが
8年かけて病院へいかずとも、うつ症状やその他の心身症状もなくなっていきました。


その理由は2つ。
1、元心理カウンセラーの知人の関り
2、幼児教育で親子に伝えていることを自分にもするようになった


まず、1の知人の関わりは、聴き方が他の人と違っていたということ。

共感し気持ちをくむ聴き方である。
常に自分と人の協会設定をしっかりひいているが冷たくない。
自分の考えを押しつけない。

元心理カウンセラーだけあって、日常でも上記の聴き方が主だったんですね。
だからといって、長々と聴くということはありませんでした。


そしてもう一つは、幼児教育でしていた「認めて褒めて愛して育てる」
という子育て法を自分にしたことです。

当時、教室ではレッスンを始める前に、お母さんに子どもを抱っこしてもらって
誉め言葉を言ってもらっていました。

それは特別なことではなく、寝顔が可愛いとか、ご飯を沢山食べたなど
当たり前じゃん?と思われるような日常のことを褒めてもらうのです。

言いかえると日々当たり前に出来ていることに注目しイチイチ褒めてあげて下さいということです。

なかなか我が子を褒められないお母さんを見ていて、それを自分にやってみよう!
と思いつき、お母さんと一緒にやり出したのがきっかけになりました。

・疲れていても笑顔で挨拶した。エライ!
・今日中にメールを返信した。エライ!
・ご飯を味わって食べた。エライ!

何ができたかできないかではなく
今日の自分に「おつかれさま」という気持ちで声をかけてみる。
そう、ただ、ただ、「おつかれさま」と言えるかどうか。

例えば行動でいうと、たった1杯のお茶を自分に心を込めて敬意をもって入れてあげれるか、かな?

最初は抵抗ありましたが慣れていきました。

要は、なんでも話せる信頼できる人がいることと、
自分で自分を認め褒められることで自己肯定感がアップし症状がなくなったんですね。

そして、ことあるごとに元心理カウンセラーの知人は「信じているよ」と言い続けてくれました。
そうそう、心療内科の先生も薬を出さずに信じて下さいました。

うつ症状が消えていった8年後、私は幼児教育の講師を退職しました。

長いようで不思議な感覚の中で生きてきた8年間。
私にとっては、その後の心理カウンセラーや講師になる為の経験だったと思います。

どんな経験でも必ずそれは財産になる。
自分も誰をみてもそう信じる種を沢山もらいました。
いい時もつらい時も財産です。







今、なかなか自己肯定感が感じられない方は、
毎日小さな認めて褒める習慣を意識してみくださいね。
寝入りばなに必ず1つは自分に声をかけるなど時間を決めると習慣化しやすいです。

また、私のような症状なくとも、
自己肯定感をあげたい、セルフカウンセリング力を身に付けたい方は
心理カウンセリングがおすすめです。
心理カウンセリング


最後までお読みいただきありがとうございました。




 
心理カウンセリング【コラム】

心理カウンセリングについてのコラムを掲載しています。
■カウンセリングを受ける回数について
■どれくらいの期間をあけて通えばいいですか?
■カウンセリングは「保健室と職員室」のようなもの
■目的と目標の捉え方で得るものが変わります。
■カウンセリングの好転反応
■薬は時に必要
■カウンセリング時にメモを取らない理由
■過去に戻ることができる
■未成年の子どものことでお悩みの方へ
こちらからご覧ください。➡クリック