◆【機能不全家族】負の連鎖を止める

私は息子が小さい時しょっ中、イライラしていました。
自分の思い通りにならないと手をあげたこともありました。

そして、いつもいつも後悔と罪悪感にさいなまされていいました。

私自身が小さい頃、親からしょっ中受けていた体罰だけは絶対にしたくない!と思っていたのに
自由奔放で気ままに自己主張する我が子をみると無償に腹がたちカッとなりました。

今ならわかります。

我が子を前にして大人の私の中のチビ結香ちゃんは心が痛み
そのたび叫んでいたのだと思います。

わたしだって
もっとワガママ言いたかったー!

わたしだって
もっと甘えたかったー!

わたしだって
そのまんまで愛されたかったんだょー!

親子の世代連鎖です。

親が我が子を愛することに未熟であれば、子どもがやがて大人になった時、
様々な生き辛さを抱えることになり被害者となります。

ですが、その子どもがまた親になるならば、
今度は自分が我が子をうまく愛せない
加害者になってしまう可能性があるのです。

つまり自分の中に被害者も加害者も両者存在するということ。

そう考えると、だれかを責めたり、自分を責めたところで
なんにも変わらないんですよね。

うまく子どもを愛せなかった親も、きっと親から充分な愛情を得ていなかったり
それに相応する過酷な人生経験や時代背景があったのかもしれません。
(うちの場合はそうでした)

私は、息子が幼い時に自身が様々な心身症を発症したことで
心理学を学ぶきっかけになり、これらの親子連鎖に気づくことが出来ました。

そして覚悟を決めたのです。

私に繋がれた負の連鎖は私で止める!

息子や周りには連鎖に左右されないよう私自身があらたな生き方を選択する❗️

ちなみに、この覚悟をし自分の過去を受け止め、癒し、あらたに
自分育てをし始めてから子育てはグッとラクになりました。

イライラも減り、息子を心から信頼して関われるようになりました。

ですが、これは子育てに限らないと思います。
子どもがいようが、いまいが人は繋がりの中で生きているからです。

今の人生は一度きり。
その人生を悔いなく思う存分命を生かして生きるには
自分の繋がりを、影響を、連鎖を知り受け止め再構築することではないでしょうか。

どんな連鎖の中に生きようと自分で自分の人生を心で決めれることは
全ての人に平等に与えられた愛だと思います。

また、子育てにかぎらず代々の負の連鎖をとめることは
少なからずとも周りに、未来によい影響の連鎖のタネをふりまくことになります。

◆アダルトチルドレン同士の関係「共依存関係」

今回はアダルトチルドレン(AC)同士が結びつく関係性についてです。

AC同士の関係といっても、日本の80%~90%はアダルトチルドレン。
右も左も、あっちもこっちも
ほぼACワールドってことになります(←理論上)

そして、この関係のことを「共依存関係」といい
どれだけ親しそうに見えても心的レベルでは病理的な関係になります。

初めて聞いた時は(約10年前)驚きとショックでしたが
それを知っているのと知らずに悩み苦しむのとでは
全然違うなと思いました。

「共依存関係」にはありとあらゆる関係があてはまります。

例をあげると親子関係、夫婦、恋人、親戚、職場、
師弟、カウンセラーとクライアントなど。

特に、師弟関係やカウンセラーとクライアント、セラピストさんたちが
その病理関係に気づかず、知らず知らずハマっていることが多く
人のサポートが実はサポートではなく依存であることが多々あります。

そもそも「共依存関係」とは異なる症状や行動を抱えるAC同士の
結びつきによって構成されます。

簡単に言うと共依存関係は
世話する人と世話される人でくっつく関係のことです。

ここでいう「お世話」とは、実際の手取り足取りと見えたものだけではなく
心のお世話も含みます。
これがものすごく見えづらく気づかずに厄介なんです。

一見すると助けあいや応援や励ましの美しい姿なので
「どこがだめなの?」と見過ごしがちです。

結局のところ、共依存関係は互いが自分の心の空虚感や
過去の痛みをごまかしたり見てみないフリするための手段にほかなりません。

私はあなたよりもできている。

過去にあなたのようなことがあったけれど
今はあなたよりもわかっているの。

だからあなたを助けたいの!

もしこのような動機から誰かの力になっているのならば
それは人への依存の可能性が大いにあり!

カウンセラーや先生、セラピストを目指す人は、つらい過去があったり
心残りがあって自分が救われたくて、その道を選ぶ方が少なくありません。

私は、そんなひとりです。
自覚しています。

だからこそ、その傷ついた過去を、人を救う行為で自分を満たすことは
結局人を利用していることに、その都度気づいて引き戻せるように
気づく力を高めていきたいと思っています。

そこに気づいていないと、いくら人助けをしていても
人にも自分にも愛のない行為を繰り返していて、更にその上下関係の連鎖を
生み続けてしまいます。

そうなるとがんばってもがんばっても満足感が得られなかったり
逆に、衝動的な行動ばかりで極端になってしまうことも。

また相手の人もいつまでたっても依存から抜けれません。

何にせよ、人のことをする以前に、まず自分の心のお世話を
たっぷり自分でしてあげることだと思います。

自分に優しく

自分を慈しむ

自分に聴き

自分と対話し

自分と手を繋ぐこと

それをし続けていると自然に人へ無意識に上下なく
互いに助けあうことができるのだと思います。

昔、心理学の先生がおっしゃっていました。
世の中の人がみな、まず、自分の荷物を自分で持とうとするようになれば
その上で発展的な助けあいができるのにねって。

これまで勉強してきたことや
自分の講座で使っている(作った)教材やワークの数々。

そしてあらたに教わること。

それらすべて誰かのためでなく、まず1番身近な自分に
おとしこんでいこうと心底思う今日このごろです。

完全を目指すためでなく自分を愛し、人を愛して生きる
しあわせを育てたいから。

◆未完へ愛をこめて♡

人に話す、聴く、分かち合うって究極の学びだなーと思う日々。
仕事でもそうでなくても、そんな「まなび」が好きなんだなぁと思います。

私に心理学を教えてくださった先生は、何時も繰り返し伝えてくださいました。

学ぶことや知ることを責める道具に使わないでね。
人にもね。

知らないことを知ることは喜びや感動がある一方で
驚きやショックを受けることもあります。

そして、それらをまだ受け入れる心の器が整っていないと
このようなことがおこってしまいます。

一、足りないところや過去の痛みを掘り下げることばかりに目がいき苦しむ
一、わかったような気になって、その場しのぎになって変わらない

そうなると、せっかくの学びやワークが本末転倒になってしまいます。
セッションのやり方もそうですがまなびや、気づき、変化にも
人それぞれの段階やタイミングがありますよね。

セラピーやワークは決して自分を傷つけるためにするものではない。
そして、これはこれまで人にカウンセリングをしてきて思うことですが、
人によってアプローチの相性もあります。

人によっては過去を掘り下げることが、傷口をぶりかえすだけで終わることもあれば、
反対に納得して真の悦びや自分を癒し愛することを手にいれられる方もいらっしゃいます。

どちらにせよ、安心安全なほっとするあたたかさの中で
自身と向き合えることは「回復」の土台には必要不可欠ですね。

また、なら結びアダルトチルドレン回復講座でも受講される方によっても得るものが変わります。

例えば、カウンセラーやセラピストや先生など、人の援助に関わられている方が受けられると
自分のことはもちろん(←大前提)ですが、
同時にクライアントさんやお客様を深く理解するための学びを得ることができます。

人は未完。
それを自覚してるほど柔軟で進化の伸びしろがデカイ!

未完を知るからこそ、完全へと繋がるんですね。

◆承認欲求との付き合い方

「認められたい」という承認欲求。
とてもパワーがありますね。

心理学を学びはじめたころ、この欲求が強い自分に気づき
とても悪いことのように、また悪いことをしてきたように
一時はイヤな感じがしました。

自分に嫌気がさしてしまい「承認欲求=だめ」と三行半をつけかけていました。

今は、そんな極端には思いません。
むしろ、「私、承認欲求強いですけど何か?」と自愛しています。

なぜなら
・欲求は自然なもの
・承認欲求もエネルギーの一部で個性である
・認められたい!は心を守るうえで一時的に必要なもの
・使い方次第で自分にも人にも良い結果が得られるもの

何にでも長短や陰陽があるように「承認欲求」も使い方次第
付き合い方次第だと思うようになったからです。

例えば、仕事に承認欲求が絡む場合。
仕事には「目的と目標」が存在します。

会社員もそうでうすが、私のように自営の人は、
尚更それが顕著に問われるように感じます。

ちなみに目的は何のために?で
目標は結果得られるものと考えると
承認をどちらにおくかで良くも悪くにも働くということです。

例えば、目的が「認められたい!」だと、常に外にエネルギーを向けるので
一方的な人になり、結果人から距離をおかれたり、又頑張っても心的負担が大きく
エネルギー切れになってしまいかねません。

反対に目的の軸が
「これやりたい!おもしろい!楽しい!嬉しい!感動する! → だからやる」という
○○したい!という自然な動機であれば承認エネルギーが循環し極端に疲れきることなく
細く長く発展していくことができます。

とはいえ、これは頭でわかっていても
なかなか直ぐに切り替えできるか?というと難しいんですよね。

それは、長年のやり方の癖や承認欲求と付き合う段階(ステップ)が
身についていないからです。

また承認欲求とうまく付き合えない根本には
過去の家族関係や親の関わりが影響しています。

こう書くと、また親かぁ~もう過去のことやのにいいやん~
と聞こえてきそうだけど、そうだから仕方がない。

そこをいさぎよく承認して心で腑に落ちてこそ、
承認に翻弄されにくくなっていくと思います。

最初の方で書きました。
私は元々承認欲求が強かったです、と。

それとどう付き合うか、今でも毎日、仕事や人間関係で振り返り続けています。

知る、気づくって何かが出来ている以上に大切に思うようにもなりました。

又、心理カウンセリングをするのに自分の承認欲求が
前へ前へ出ては本末転倒。

これからも「振り返る → 気づく→ 選択する」を
繰り返していこうと思います。

そのためには、人のことをする前に自分を愛してが基本。
まず、I Love me ですね。

◆話を聴くしあわせ

私はカウンセリングをしている時間が好きです。

それは、2人の話しが同時に聴けるからです。

1人は、相談者さんの話し。
もう1人は自分の話しを聴く。

カウンセリング中は相談者さんの話しを主体に聞いていて
自分がメインで話したり
基本、アドバイスばかりする事はないのですが、
だからといってカウンセラーは自分を押し殺したりしません。

口に出さずとも、同時に自分の声を平行して聞いているからです。

ただ自分と相手を混ぜないだけです。
自分の話し(知識や体験考え気持ち)を伝える時はタイミングをはかります。

自分と相手を混ぜないには理由があります。
それは互いの心が違うから。

○私が相手の代わりに気づくことは出来ない
○変えることは本人にしか出来ない
○気づくタイミングは皆ちがう

そして、1番の理由は良くなる力は
必ず人の根本にあると信じているからです。

私は「対等」を意識しています。
(←意識するのはつい上下をつけてしまう癖があるからです)

宇宙にでると重力なく皆ただ浮かんでいて同じ。
それと同じように人の価値は対等だと思うのです。

目にみえないけれどそのバランスを失うと
本当に気づけるものも「気付かされた」になる危険があって
どちらかがハイヤーパワーで
どちらかがそれに従うになってしまい根本的に
なかなか変わらないことが起きてしまいます。←依存

また、アドバイスは全くしないわけではなく対等ありきの信頼関係と、
自分で考える力がついたもの同士の時にはあらたな見解や、考え方、見方を伝えていきます。

人の話しをじっくり聴けるというのは
実は自分の話しをじっくり聴けること。

互いの違いを認めて対等に学びあえる時間であること。
カウンセリングはそんな時間の空間、場づくりあっての「喋り場」です。

やっぱりカウンセリング時間が好き、心がすき。

相手の話しだけでなく自分の話しも同時に聴けるって
しかもその分気づきが大きいってお得です。

そして心って使い方次第で使えば使うほど豊かにしあわせにすることができます。