◆治すではなく活かす援助を〜大人の発達障害に思うこと

小さい頃から、ある特定の分野に関して
勉強や学習につまづいてきました。
文系、理系でいうと理系です。

詳しく噛み砕いて説明されても
わからないのです。

どれだけわからないかというと
相手は同じことを繰り返しているのでしょうが
毎回新しい国の言語を聞いているようでした。

なので未だそこは変わらず。

パソコンの操作などは
ある一定までは覚えられますが
多くの方が難なくこなされることが困難。
もしくはものすごく時間がかかります。

小さい頃からそうだったので
親は心配にめちゃくちゃ厳しく指導されました。

なので学校の勉強も特定のものに
困ることがよくありました。

以前まで、この症状は「親の関わり・本人の資質」で
トラウマによる結果だと思ってきましたが
今はそれだけではないと考えています。

調べたことはないですが、限局性学習障害の事例にも
あてはまると思っています。

パソコンの操作は苦手ですが
ピアノは弾けます。

でもピアノも理屈で教えられるとわからななくなり
耳でコピーしたり音を拾うなどで
身につけてきたところがありました。

特定の分野が苦手でも違うところが得意だったり
ともすれば人以上に能力を発揮したり発展したり
そんな可能性があることを、この仕事をしてきて思うようになりました。

鬼才や天才、世界で賞をとっている人は
「ある意味発達障害の可能性あるよ」と
ある心理専門家はおっしゃていました。

限定的にいうのはどうかと思いますが
多くの人たちと同じように合わせていたら
その才能は開花されていなかったかもしれません。

そう考えるよふつうって何さ?と思います。

出来ないところや困難があっても
誰かにお願する、代替えする、自分の得意を伸ばす

それで世界や社会のバランスがとれるどころか
むしろ豊かになるのではないかと思います。

カウンセリングで行う鬱や不安障害の人にする
認知行動療法や強迫性障害に行う暴露療法なども
(あえて強度の恐怖にさらすキツイやり方)
私自身にやってみると、気づきや新たな発見、
変化がいくつもありました。

治療は援助が必要とすると人だけだともったいない。

そう思いながら人体実験中(自分の)は続きます。

治す治療ではなく活かす援助や関わりを
今の取り組みを未来の希望に繋げていたいな

またこれをするためには
どちらか一方が優位ではなく
共にやっていくものだと思います。

一般的に認知行動療法などはうつや不安障害に使われ
応用行動分析は発達障害の症状に有効と言われますが

不調でなくてもやってみて身につけたい!
または対人援助として学びたいという方はお声掛け下さい。

カウンセリング枠でお伝えしていきます。

◆4種の観察法

みると言っても色んな「みる」がありますね。

見る、観る、診る、看る、視るなど

まだまだある。
日本語ってほんっと豊かだなぁと思います。

さて心理的アプローチの「観察」は
ただ「みてるだけ」ではなく
データー収集のためという目的があります。

ちなみに普段のカウンセリングでのデーター集めは
主に面接法と調査法(検査)ですが
場面や状況によっては「観察法」を使うなどをして
使いわけをしていきます。

で、観察法はというと、こちらの4種。

・時間見本法(時間を限定して観る)
・場面見本法(シュチュエーションをしぼる)
・行動目録法(あらかじめ行動チェックリスト作成)
・日誌法(記録から観察)

要は、時間、行動、場面、日誌でよく観るってことね。

人は大概、主観や経験、価値観で人やものを見てるし
もちろん私もそうですし。

だからこそ対人援助の場面では意識的によく見て、
そのまんまを観ること、

そしてもし介入(助け)が必要なら
一律ではなくどのような方法をとるか?

それを検討するためにも
まず客観的データー集めが必要になるんですよね。

あ、でもこの4つの見方は普段でも役立ちますょ。

自分を整理整頓したい時とか、
悩みを解決したい時とか。

あの時、あの場面、あの行動
自分はどうしていたかな?と分けて客観的にみることで
また相手を観察することで気づくことや解決の糸口、
こたえ探しのヒント、アイデアを発見できることがあります。

観るって深いなぁ‥。

普段の仕事ではあたり前になってますが
書いていてあらためて思いました。

◆褒め上手になるために〜ペアレント・トレーニングより

褒められるのって気分いいですよね。

以前、「ペアレント・トレーニング」を学んだ時
褒めるワークを行いました。

「ペアレント・トレーニング」とは心理アプローチとして
子育てや発達障害児への関わり方を、
親自身が学んで身につける訓練のことで近年研究、注目されています。

ペアレントトレーニングの柱は
「褒めること」と「環境調整(行動療法)」で
中でも「褒める」というのはとても大切な軸になります。

さて、その褒めるワークですが
褒め言葉がポンポン出る人をみていて
ある共通に気づきました。

褒め上手な人は、

語彙が豊か
表情、アクションが豊富
肯定的言い回しが出来るなど

技術やコツもお持ちですが
それ以前に根本的な共通があると思います。

すごーくシンプルなんだけど、、、。

「相手をよく観ている」
じっくり観察しているということです。

例えば人が文字を書いているのを褒める場合
字の上手下手に注目するのも一つですが、
書くスピードや鉛筆の持ち方、表情、姿勢、文字の個性etcを
とにかくあらゆる角度からよく観て
それをそのまま伝えると褒め言葉になり
受けとった相手は気分よく更にやる気が出たりします。

褒め上手になるには観察してみること。
これなら取り組みやすいですよね。

とはいえ中にはわかっていても出来ない
褒めるの場しんどいという方もいらっしゃるかな。。

そんな方は、人から褒められたり認めてもらう経験が
満タンじゃないのかもしれない。

褒めエネルギーがもう少しいるのかもしれませんよね。
人を褒める前に私を褒めて!ってね。

その場合はまず身近な人に褒めてもらうことを
お願いしてみるのもひとつ。
子どもに限らず大人も
たくさん褒められたいですもんね。

褒めるはエコでなくていい。
たくさん褒められ、褒めれますように。

褒めるトレーニングをしたい方は
お声がけくださいね。

◆セルフケアを勧めるポスターに「ちょっと待った!」

ある小学校の保健室前に、コミュニケーションがうまくとれず
友人関係につまづく生徒向けへのポスターが貼られていたそうです。

そこには
自分で自分を褒めること

自分で自分を認めること

自分の好きなこと、心地よいことを

みつけることなど。

いわゆるセルフケアが改善策として書かれていたそうです。

一見、うんうん、なるほど、そうだよね
と思いがちですが、ちょっと待って。

これら全て自分1人で行うこと。

相談はしないの?

と、素朴に疑問を感じざるえないと
心理専門家がおっしゃっていました。

ポスターだけなのでなんともいえませんが
実際の現場の声をきき
私も???と違和感を抱くことがあります。

自律をうながすこと、セルフケアできることは必要だし
育てていきたい所ですが悩んだら
まず自分でというように促す関わりは余計に孤立に、
また人との関わりを気薄にしてしまい
コミュニケーションのあたたかさを感じる芽をつみとってしまいかねません。

大人でも同じなんでもかんでも人に言う聞くは違いますが
相談することや聴いてもらうコミュニケーションがあって
セルフケアがあって自分の心が落ちつく場と答えさがしが
一息ついてできるのではないかと思います。

特に子どもの場合は、相談してもいいよ
相談したいと思える周りの関わりや環境づくりが思う以上に影響大。

大人になった時に影響します。

◆何をやってもうまくいかない高原現象の時は、、

何にでも、スランプという時期があって
学習や教育の心理学ではその時期を「高原現象」と言います。

やり始めは伸びるけれどある時期になると
うんともすんともいかないような停滞時期のことね。

ダイエットなどにもみられる現象ですね。

そんな時はむしろ後退してないか?と不安になったりします。

モノや内容によっては、それが数日〜数ヶ月、
年単位でおこることもあって
その時期は孤独を感じたり
暗いトンネルにいるような感覚になります。

やり続けていると誰にでもおこりうること!
とわかっていても気分が落ちたりします。

今年は個人的に何度か
そのような波を経験しました。

で、何回か高原現象を抜けた爽快感を味わうのですが、
また波がくると「あーホンマに抜けれるのか?」と繰り返すのね(笑)

スランプの時の過ごし方は2通りあります。

一つは「試行錯誤」する。
一つは「洞察」してみる。

試行錯誤が「動」なら
洞察は「静」のイメージです。

歩みはとめないけれどゆっくり、ゆったり、
上記をやってみると、ちょっとずつちょっずつすすんでいき、
ある日すんなり一段超える時がやってきます。

もし今、高原のひろーい野っ原にいらっしゃる方がいるならば
ジタバタ「試行錯誤」したり
ゆっくりお茶飲みながら「洞察」して
高原ならではの体験を味わいつくしましょう。

きっとその高原時間があとあとに愛しい人生の
一部だと感じる日がくるはず。

そう信じています。